海色のミュール
佐野権太

夏ごとに
おしゃれになってゆくおまえが
自慢のミュールで前を行く

(なぁ、おまえが選んだっていう
(このお父さんの水着
(ちょっと
(トロピカル過ぎやしないか

いつか
波にやられて
泣いていたおまえが
浮き輪さえあれば
もうどこへでもいけると
涼しそうに
置き去りにする

離れちゃいけない
なんて呪文が
いつまでも効くとは
思ってやしないけど

見えた―――
と叫んで
ずぶずぶ沈むかかと
もどかしく脱ぎ捨てて
駆けだす背中

傾いても
夏をまっすぐ反射した
海色のミュール





窓辺に乾かした
夏のかけら
滑らかな白の巻貝は
下半分にエナメルを塗ろう
おまえが民宿で
爪先に塗ってもらった
あのライムグリーンの

まるで海だ

(なぁ、聞いてんのか
(さっきから何を描いてるんだ
(スイカように笑ってる
(その横の泥棒みたいなのが
(まさか、お父さんってわけじゃないだろう

いつか
つまずいたとき
思い出してくれたらいい
あの
小さな蟹の速さとか
かき氷の高さとか

曲がりくねった海岸道路から見えた
途切れとぎれの海に
何度も残した
さよならだとか







自由詩 海色のミュール Copyright 佐野権太 2007-08-09 10:20:49
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家族の肖像