8月6日、ハムの日
楠木理沙

ぐるぐると食品売場を回っても 食べたいものが見つからなかった
さすがにこう暑い日に重たいものは食べたくなかったが
冷やし中華や素麺という気分でもなかった

君は僕の背後から買い物カゴにいきなりハムを投げ入れた
ねえ今日は何の日だか知ってた?正解はハムの日!
最初からクイズの答えを考えさせるつもりはなかったようで
ひとり嬉しそうな顔をして次から次へとハムを手に取っていた

そんなにどうするんだよ
食べるに決まってるじゃない こんな日じゃないとハムなんか食べないでしょ
ハムの限界に挑むわよ
一理あるなと妙に納得してカゴのハムを手に取ってみた
少し考えたが なんだかんだで冷やし中華になりそうだった

明日には大量のハムが残ってしまい 結局生ゴミになる予感がしたけれど
記念日なんてのはその日に価値をもつことが重要だ
明日はハムの日ではないのだから そこはいたしかたない
どんな記念日も その日を過ぎれば関心が下がってしまうものなのだから
だいたい一年に一度でも こうした日を迎えられるだけありがたい話だ
ハム探しを終えた君は 今日から始めるダイエットのため
最近テレビで見たヘルシーな食材とやらを求めてどこかに駆けていった 

スーパーの袋を両手に抱えて家路に向かう途中
君はといえば ハムをどう調理しようかと
もてあました両手を見つめながら熱心に考えていた
そのまま生で食べるってのは反則だよと注意したけれど
どうやら聞こえていないようだった

額から零れた汗を拭って空を見上げると やけに盛り上がった雲が流れてきた
どこかで見たような気がして目を凝らしたが どうしても思い出せなかった 

きのこ忘れた!

突然声を上げた君は悔しそうに天を仰いでいた
そういえば一昨日見たテレビできのこがダイエットに効果があると言っていた
あの雲を引きちぎって買い物袋に入れられないかなあと言いながら
君は右手をめいいっぱい空に伸ばしていた

子どもみたいに無邪気な君を見つめていると
こんな風に二人で今日を過ごせることは本当に幸せなことだとつくづく感じた
ハムで満たされた平和っていうのは 
おとぎ話にしても悪くないんじゃないかと思った

例えばすべてのものがハムで出来ているハム王国の話だ
全部ハムだから最悪飢え死にすることもないし 争いが起きても被害は少ない
まして戦争なんてコントみたいなものだ
8月6日が建国記念日で その日はハムをひたすら食べまくる
今日の僕たちのように あれこれと調理法に苦心しながら

いつの間にか雲は消えていて 痛すぎる青さが広がっていた
この痛さがどこに由来するのかふと考えたけれど
きっとすべてはハムのせいなのかもしれないなと思った
それは正解とはいえないけれど間違ってもいない気がした


自由詩 8月6日、ハムの日 Copyright 楠木理沙 2007-08-08 00:37:32
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