犬色勾配さん 「徒然ぽえむ君」に寄せて。
ワタナベ

ぽえむ君さん云々はここでは置いておきたい、それをとりまく環境のほうに焦点をあててみたいと思う。まぁ、環境を語るために少し引き合いにださねばならないが。
まずぽえむ君さんには1000の詩を短期間に書くということ、これはなかなかできる
ことではないと思う。素直に賞賛したいです。
2名云々の態度などは正直どうでもいい。その態度に対して、フォラムの大多数が
いままで何のアクションもとらなかった、あるいは知らなかった、興味がなかった。
そういったところに俺は興味を持つ。
これはどういうことだろう。
夏、が来ました。
あなたはどうですか? この夏いかがお過ごしですか?
夏休みを迎えた学生たち、肌をこがしながら懸命に働く若者たち、
夏ばてにもかかわらず、毎日通勤電車にもまれる中年の方、育児の大変なお母さん方
娘、息子の行く末に頭を悩ませるお父さん方。あるいは精神的になにもできない
やる気にならない。退廃的にただ日々を過ごしている方。
なんだっていい、あなたがどんな人間であろうとも、あなたが自分の中にある
「なにか」を追求しよう、あるいはなぜかしらないけれども書いてみようと思った。
どんな形であれ、書くという行為を自分を表現する方法のひとつとして選んだ
あなたがたに、俺は幅はあれ、多少なりとも好意をもちます。
で、前置きとして。多分、だれもがいちいちそこをつっこむのがめんどくさかったの
だろうし、あるいは興味がなかったのだろう。もちろん、拒むことに全面的に賛成
という人もいるだろう。
この文章は、ただ興味がなかった、あるいはめんどくさかった。そういった人に宛てる
ものです。俺の批評態度はまとめてひっくくって「批評するにあたって」という
文章の中で書きました。最終的にはそれぞれの交流、それによる切磋琢磨
たとえば、あなたがひとつの詩に感動し、なにか書かずにはおれない、というような
気分になったとして、簡単でもいい、一言なにかコメントを寄せるだけで、作者から
見れば、読者としてのあなたの姿が若干見えるような気がする。逆に、
作者として自分の意見を発信しつづける、その姿が読者の中に印象に残るかもしれない。
フォラムにはもちろんポイントというものがあって、それはひとつの指標となるもの
だけれど、ほかの方法をひとつ、模索してみませんか?
それは、ポイントを入れるときに寄せるコメントであってももちろんいい。
さまざまなスレッドにおける交流でもいい。レコ・ポエなんかもありますし。
簡単な感想を批評、散文カテゴリに書くだけでもいい。
もちろん、批評というものに興味を持ってもいい。
スレッドで井戸端会議的になされる会話であっても、チャットでなされる会話であっても
書き手、としてのみではなく、読み手、としての自分の姿を少し現してみませんか?
本来ならば、読み手は一般に開かれたもので、その姿を現すことは無いし
その必要もない。ただ、書き手と読み手が同じものとして機能しているフォラムの中では
ある程度、読み手としての姿を現すことは、必要なのではないかと思う。
これが、俺がフォラムに見る幻です。そして、願はくば、そういった環境の中で
どんどん、書く、ということに興味を持ち、また楽しみ、フォラムからもっと飛び出した
いろいろな場所で書いてほしい。
フォラムという縮図にあっても、書くということに費やされる労力が、読むという
ことに費やされる労力よりもだいぶ多いのではないかと感じる。
あるいは、ひたすらに読んでポイントだけしてるという人もいるだろう。
そういう方には、読み手としてのあなたの存在を作者にもうすこし気づかせてあげてほしく思います。
まぁ、そこまで詩は保護されるべきものなのかって議論ももちろんあるやろうけれども、
俺の立ち位置はこんな感じです。
つらつらと書いたからすげー冗長になった。読んだ人おつかれさま。


散文(批評随筆小説等) 犬色勾配さん 「徒然ぽえむ君」に寄せて。 Copyright ワタナベ 2007-08-03 10:18:02
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