「その海から」(31〜40)
たもつ

 
 
31

世界が坂道と衝突する
アゲハチョウの羽が
誰かの空砲になって響く

内海に
大量のデッキブラシが
投棄された夏

遠近法のすべてを燃やして
子等は走る



32

首府は雨季をむかえていた
人と同じ生き物が
街中のいたるところで
影をつくっていた
皮膚病の犬がかわいそうに
水をたくさん飲んでいる
地主を名乗る男の
さっきからうるさい、瞬きが



33

昨日、家に
好き嫌い、が遊びに来て

好き嫌い、をたくさん言って

サルとワニの
追いかけっこは果てしなく続き

以下同文
のような笹舟に乗って
少し遭難していた



34

男は腕を組んでいた
腕から先は
肩も胴も頭も脚も
空っぽだった
十姉妹の形と
雨どいの静かな朝を
愛してやまなかった



35

夏至の入道雲が石化して
地面に落下し始めていた
僕の気配は時々あなたに似ている
例えばシャツの端をつまむ
その一連の仕草など
抜け殻のような虫の鳴き声
旧街道に並ぶ窓の内側では
この瞬間にも
いくつかの生と嘘が囁かれている



36

りんごの中で少年たちが
キャッチボールをしている
りんごの味をまだ
言葉でしか知らない
やがてボールは意味となり
りんごの中を転がって行く
少年たちはまだ知らない
本当は自分自身が
言葉であることを



37

風呂桶に
フルーツが
ふたつ
うかぶ
そのことは
今日の僕らの幸せであり
どこか、という
不特定の場所では大層な
不幸せだった



38

雨のようなところで
手回しオルガンを奏でている

しちがつ、
を思うと
祭りはいつも
かさぶたと間違われてしまう

良かった、人は
虹と少し似ていなくて



39

係長さんが
トンネル工事から
帰ってきた

今日も
長いものと
短いものとが
溢れて
ありふれていたよ
と、係長さん

そしてまた
さんずい
のような格好をして
ケヤキの近く
買い物をするに
違いなかった



40

どこまでも伸びる
手、そして
それに附随するもの

あやふやなものばかりを
僕らは大事にしてしまう

あなたの発した、ん、で
しりとりが今
終了した




自由詩 「その海から」(31〜40) Copyright たもつ 2007-07-27 09:21:42
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