ケトルか薬缶か
水町綜助

ケトル・
薬缶をコンロの火にかけている
台所には西日がさしこんで
それは雲と雲のあいまに
ほんのわずかのすきまがあって
そこから覗いたもので
束の間ってやつ
台風は過ぎていったようで
いまはどの辺かな
もう海の上かな
温帯低気圧とかいうのにかわったのかな
そういえば今日もテレビをつけてないから
わからないな
ただまだ風はつよいから
きっと雲は速くながれてるだろう
遠くの方でビルにぶつかって
ごうごう音がしているからわかる

空気が漏れるような音は
ガスの出ている音で
まったく抑揚もなく耳に届いて
それがもう五分ものあいだきこえているから
ケトル・
薬缶の口からも
静かに湯気なんか出て
この、夏も本番を迎えようとしてる季節の
夕方近くに
あつくるしい
あったかい緑茶を淹れて飲もうなんて思い立ってそれで
部屋ん中の
コンロらへんの空気が
熱くなって上へ昇って
それで風が起きるという仕組みで
そんなことが
世界のいたるところで起こって
それが頬に当たれば
いい風だ、なんて
つぶやいて
とてもそんな気になれないな
どこでなにが起こってるのかな
べつにそれを祝福する気にも
悼む気持ちにもなれないな
何の風なんだろうこれは
磨りガラスのそとの雲を流している風は

どっかのまちで誰かが泣いてるわ
そのりゆうはなんだろな
それがおれのせいだったとしても
おれにも同じことが起こるわけじゃないだろうね
そのかわりおれがかなしがってたって
べつにおまえに同じことは起こらないよ
あたりまえのことだ
そんなことは十分わかりきった
くだらないことでそれより
なんかからだがだるいよ
そのくせ妙な軽さもあるな
体の左側がな
熱が引いた後みたいなかんじだよ
風邪ひいたんだろうか
だいじょうぶか
薬は飲んだのか
病院は
ああ今日はやすみか
どうしてもきつかったら救急病院へでもいくんだぞ
あめが降ってても
台風が上陸しててもな
いちおうな
でもな
どうでもいいな
まあ

そういえば台風の目ってやつに入ったことがない
同じ町にすんでたやつらは
いや、よくあった
というが
俺自身は体験したことは自覚としてなかった
どんなものなのだろう
なんだか
想像すると
わくわくする
しらなくてよかった
ことしは注意してみていよう

  *

やかんが
ケトルが
甲高く笛をならして
その中に緑茶のパックなんかをひとつ放り込む

と濡れてゆっくり沈んでいくのを見て
だからなんだよ
とすこしうんざりして
まだこの町では
蝉が鳴いていない



自由詩 ケトルか薬缶か Copyright 水町綜助 2007-07-15 22:28:11
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