停泊する夏
前田ふむふむ

毒薬のような願望を散りばめた、
陰茎の夕暮れが、
いちじく色の電灯のなかで燃え尽きると、
ようやく、わたしの夜が訪れる。

静寂をうたう障子は、わたしのふるえる呼気で、
固く閉ざしてある。
その深い呼気のなかから、
光度をつよめる梵字を、
水墨画のように描いてある、新芽に萌える木々と、
朽ち果てた灌木が、
見えては、隠れている。
木々の言葉には、すべて答えが仕舞ってある。と
    あなたはいった。
         視線を失うところ、――
     
わたしと父が、海の薫りのする、
白光する河原で、小石を丁寧に、積み上げている。

向かい合った石の一つずつが、
協奏の円舞のなかで、二枚の呼気を流して、
   おまえも随分と歩いてきたが――――、
(わたしも、父さんと同じ瓦礫の臭いを
 なぞっているのだろうか。
(わたしは、帽子を蔽うように被って――――、
   おまえは、決して散文の顔を見せない。
   おまえは、生まれた時から、手は透けていて―――、
(わたしは、自分の躰を抱くことも出来ないのか。

(父さんが、わたしと同じ服を着ている。
       眩しくて、顔が良く見えない。

梵字のつま先が、とじた瞼のなかで揺れる。

―――なぜ、九月の高い空に、
わたしは、古い腐刻画が見えたのだろうか。

溢れるほどの、帽子を持たない少年たちは、
いまも復員をし続けている、
   落葉を積み上げたパソコンの、
      眩しいディスプレーのふもとに。
「父さん、もう随分と石を積んでいるけれど、
         どうして山ができないのだろう。」
 
誰もいない居間で、(何処かで見た廃園のテラスで)
携帯電話が、きょうも鳴っている。

・ ・・・・

京都から東へ新幹線の窓を走らせる。
黒く流れる時間の瀑布
裂きながら、
清流のみずしぶきのような法要の余韻を汲み上げる。
足の重みが、わずかに倒れて、
気だるく狭窄した視野を、
わたしの胸の滑走路に、大きくひろげる。
忽ち、家までの距離がなくなって。

母は、なつかしい過去を、昏々と眠る。
母のよわい髪が、わたしの肩にかかり、
  疲れた躰を、乾いた夜の柔肌に、浮き上がらせる。
小さな月を包めるほどの、
ふたつの余った、子供の手で、わたしは、
母を、今日という座席に連れ戻す。

「もうすぐ、あしたが見つめる場所に着くよ。」
「ああ、荒地の真ん中で、お父さんの夢を見ていてねえ。」

肥大した2006年は、夏色を耕し、
帰路を急ぐ歳月の音が、新横浜を過ぎる。
車内の電光板に、

考古学の雨を忘れた河より、復員する父たちを、
父たちが迎えると
伝えている。
子供たちは死んだとも。





自由詩 停泊する夏 Copyright 前田ふむふむ 2007-06-29 22:16:03
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