無花果
shu

無花果をひとんちの庭でみつけた
とおいむかしを想い出して
わたしたちはそうっと忍び込んだ
―いちじくって杏仁豆腐にあうんだよ
―しぃー。ばか。でぶ。はげ
ちょっとめくれたあなたの柔らかなくちびるを
ひとさしゆびで触れて
くすくすと笑う

いそいでもぎとると
ダッシュして家に持ち帰った
いつのまにかあなたは3つもとっていて
得意げにいたずらな瞳を向ける
胸に抱えたイチジクをむしりとり
誕生日にもらったハンティングナイフで切り開く
リストカット用のナイフは小さすぎると言って
あなたがくれた

スプーンも使わずに
ゆびで掬って食べる
あなたはとたんに怒り出すが
食べ始めるとおいしさが勝る

夢中になってゆびをしゃぶる
甘い汁で溢れたあなたのくちびるをしゃぶる
はだかになってかさなりあってしゃぶりあう

いろんなひとが言う
―そのうちいいことあるからさ
―死ぬ勇気があったらなんでもできるはずだ
―きみだけがつらいんじゃない
そんな言葉より冷たいナイフの感触だけが救いだった
こともなげに首をかしげて
「とにかくセックスしようよ」
という無邪気なあなたの冷たさが心地よかった
―そのままでいいから
―悲しいまんまでいいから

あなたは躊躇なく
わたしを切り開き
ゼリー状の赤い果肉のような海にダイブする
口が割れ
瞳がさざめき
プルプルと震える襞

透き通るような肋骨に頬を寄せると
忘れ去られた時がつららのように乱立している
それを叩くと不思議な音がして
ぽきんと折れる
あなたはそれを奥歯で砕いて
口の中でその冷たさを頬張って
長い長いキスをする

舌に絡まるシャーベット
ぐしゃぐしゃに泣きながら
あなたを頬張る
あなたはわたしを頬張る
ぐちょぐちょになって
ぐちょぐちょのままで叫びあう

濡れて
震えて
呼吸に触って
交じって弾けて

脊髄がぐいとひっぱられ
粘膜と繊毛に覆われた皮が
そっくり捲りあがり
互いの体に巻きついて
包み込む

そうして塊になって
冷たい空気にさらされながら
夜にぶらさがって眠る

じっと息を潜めて
ひらかれる密かな痛みを待ち望み
外からはみえない小さな花を咲かす
無花果のように





自由詩 無花果 Copyright shu 2007-06-24 16:21:39
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