フライング山下
楢山孝介

「宝くじ当たったんでここ辞めます」
山下がそう言った時
またいつものような嘘だと思った
だけど本当に次の日から
山下は工場に来なくなった
電話にも出なくなった

「彼女が出来ました」も
「童貞捨てました」も
「オーデション(注:オーディションのこと)受かりました」も(何の?)
「mixi始めました」も

どれもこれも嘘だった
山下は時々思い出したように嘘をついては
その度に工場を辞めようとした
「嘘がばれたんで恥ずかしくて仕事いけねっす」
とか何とか言っていた

でも山下の嘘なんて可愛いもので
「俺昔芥川賞獲ったんだ」
「俺んちの父さん知事でさ」
「すっげえ可愛い妹がいるんだ」
「俺、ここの仕事大好き」
なんていうとんでもない嘘をつく連中ばかりが
工場の隅から隅までこびりついていた
だから山下がほんとに辞めるなんて信じられなかった
ほんとに宝くじが当たっただなんて
仲の良かった僕に少しも恵んでくれないだなんて

豪邸買って海外行って
綺麗な女抱いてセンスの悪い服買って
プールで溺れて鼻水垂らしたりしてるのかな
空飛びたいとか言ってたよな
ヘリコプターとかパラグライダーとかバンジージャンプしてるのかな
紐切れろ

山下と馬鹿話をしない一日が終わり
もう二度とあいつには会えないのかな
なんて感傷に浸りながら歩いていると
「間違いでしたっす」と
街角で突然大男に謝られた
それは外国で鼻血出しながらバンジージャンプしてるはずの山下だった
「組違い賞で十万円だったっす。
 借金返しておしまいっす」
そう言って封筒を押し付けてきた
そういえば山下がパチスロで大負けするたびに
僕が少しずつ貸していた金は
積もり積もって十万円になっていたのだ

ちょっとウルっと来た
十万円でも仕事辞める理由にはなったんじゃないか
僕への借りなんて忘れて逃げ出せたんじゃないか
「明日からまた来いよな」
「大丈夫っすかね」
「全然問題ないって」
うちに寄ってお茶でも飲んでいけと誘ったけれど
山下は「もう眠いっす」と言って帰っていった
封筒の中身を確認すると九万円しかなかった
夜道を去っていく山下の大きな背中に
僕はドロップキックしたかった


自由詩 フライング山下 Copyright 楢山孝介 2007-06-23 11:37:50
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