別れの挨拶
たもつ


遥か西の国から旅を続けているマジシャンは
旅の途中で
マジックに使う鳩たちに逃げられてしまいました

それならば鳩を使わなければ良いのでしょうが
そのマジックは彼の最大の見せ場であり
鳩無くして公演は成立しないのです

公演が始まるまであと十分
マジシャンは方策を考えに考え
そしてついに
常人の想像もつかない方法で
鳩を舞台に出現させることに成功したのです

もちろんその方法については申し上げられません
何しろ彼はマジシャンですから

それはそれとして
新たなパートナーとなった鳩は全部で十羽
彼はその一羽一羽に宝石の名前をつけることにしました

ダイヤ
ルビー
エメラルド
サファイア
ガーネット
ムーンストーン
ペリドット
アメジスト
アクアマリン

ところが彼はそれ以上宝石の名前を知らないので
どうしても最後の一羽だけ名前が決まりません
考えた挙句、つけた名前は
コロク
目の下に小さなほくろのような模様がある鳩でした
こうしてマジシャンと十羽の鳩は旅を続けることになりました

ある日、突然コロクが震え始めました
コロクはマジシャンの手の中でぐったりとしています
看病の甲斐も無くコロクは翌日死んでしまいました
広い草原の真ん中にコロクの骸を埋めると
彼らは再び旅路につきました

草原の土の中で
コロクはゆっくりと土に返りました
その過程で胃袋に入っていた一粒の種子が発芽し
芽はぐんぐんと成長し
そして数十年の歳月を経て大きな木になったのです

その間マジシャンは旅先でその生涯を終えました
訃報を聞いた彼の息子は父の遺志を継ぎ
今、マジシャンとして旅を続けています

夏の暑い日のこと
草原の中に一本だけ立っている木を見つけた彼は
その木陰で二時間昼寝をしました
それはコロクの木でした

彼の父はマジシャンとしてその生涯を閉じました
恐らくその息子である彼も

そしてコロクの木は生き続けるのです




散文(批評随筆小説等) 別れの挨拶 Copyright たもつ 2004-05-14 20:02:13
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