砂眠
ねなぎ

塩の臭いがした気がして
薄っすらと目を明ける
麻痺しているというのに
時々
思い出して
すぐに忘れる

寝返りをうった所
ペットボトルに足が当たって
空のボトルは
フローリングに
音を立てて砂を巻き込んだ

眠れもせずに
休みだからとの言い訳で
布団に転がったまま
黄ばんだ天井を眺めて
手を伸ばした先に
届きそうで届かない灰皿の中の
長いシケモク

二の腕の下のライターの跡と
じり付くように触る
粒の群れ

そして
正午のサイレンが
特に何も無く響いた

公民館の先の
道路が分断されてから
三日が経過していた
昼間の匂いの中に
間違い探しでもするように
願いは叶わず

脱ぎ散らかした衣服の中で
僕は静かに
巻き上げないように
息をした

確保されるべきと
認識されるべきは
何なのか

明日からの納品先のリストを
まとめるべきなのか
それとも
この街から逃げるべきなのか

隣の一軒家の犬が吼えている
誰か通ったのだろう
それか
先ほどから二階で鳴っている
布団の乾いた音だろうか
それは
布団を叩く音だろうか
僕がいつも
聴いている音だろうか
匂いだろうか

外は沈んでいくらしい
緩やかに
僕の地区は
沈むらしい
それは緩やかに
穏やかに
僕が気にした事も無かった
海が広がっているらしい
どこかで
この街で
特に思いいれも友人も居ない
転勤先の
この街で
工場に通うためだけの
この地区で

通勤経路と納品先への道路の封鎖は
未だされておらず
砂が増えた他は
海の匂いが近くなった気がした
磯臭い工業廃棄の匂いが濃くなって
そこから塩分がまとわったら
意識するしかない海

ふと
故郷を思い出していた
山の中の盆地だった
あの頃の田んぼや
畑や
野原
それが
青い臭いが
燃えるように
湿るように
ゴム草履に粘る
泥の乾いた跡のように
痒みを伴って
冷やりとした水滴の
沁み込みや
網の柄の竹の
節くれが指にかかる気がして

海が見えない所で
海の意識を持たずに
生きる人々には
海の先にある
怖さは理解できない
する気も無い

そして
消えていく
僕らは
砂に消えていく

それは
明日では無い

この地区が消えたら
工場は閉鎖され
僕の転勤先も
数年後には
変わっているだろう
故郷への転勤は叶わないだろう

そして
正午のサイレンが止むと
犬は吼えるのを辞め
乾いた音が立っている
砂が隙間から
侵食している

ペットボトルは
砂を巻き上げ
ザラザラとした衣服は
床を薄っすらと塗している


自由詩 砂眠 Copyright ねなぎ 2007-06-21 01:15:33
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