創書日和「窓」     いまごろきみは
逢坂桜


資料室から廊下に出ると、すでに消灯の後だった

真っ暗な窓に、疲れた男の顔が映っている

自分でも気づかぬうちに、笑おうとしていた

   いまごろきみは

要領が悪く、人の分まで残業が続く現在のおれと、

イジメ逃れの為、他人の宿題漬けの過去のおれと、

なにが変わったというんだろう

   いまごろきみは

深夜の、妙にひんやりとしてコンビニで、

彼女はおれに、視線だけで行き先を促した

学校への近道の廃工場で、鉄パイプを拾った

   いまごろきみは

夜の学校は、昼間以上におれを圧迫していた

暗い窓ガラスが、まっすぐに続いていた

薄闇の中、彼女の白い腕が、弧を描く

真っ黒なガラスに、鉄パイプは綺麗に吸い込まれた

彼女は笑っていた

笑いながら、凄まじく、怒っていた

真っ暗なガラスに映る、彼女の笑顔は砕け散り

無理やり押さえつけた無表情のおれは、残った

「こわしてやる」
「こわしてくれ。全部」

怒りだけで全身を包み、笑顔で鉄パイプを振るった

砕ける硬い音と飛び散る破片のなか、彼女は笑っていた

   いまごろきみは

両腕に抱えた分厚いファイルを、投げ出したくなった

過去、いい加減に挟まれた書類は、滅茶苦茶になる

まだ続く残業も、いい加減な人間の尻拭いだ

   いまごろきみは

あの夜、一時間も一緒にいただろうか

最初と同様に、彼女は視線で促し、背を向けた

未明の器物損壊事件は「よくある話」と締め括られた

話すこともなく、眼を合わせることもなかった

   いまごろきみは

いまごろきみは、どうしてるだろう

思い出は忘れて、青筋を立てて怒っているだろうか

   いまごろきみは
   
そう考えたら、思わず笑いがこみ上げて、

ひさしぶりに、笑った

   いまごろきみは


自由詩 創書日和「窓」     いまごろきみは Copyright 逢坂桜 2007-06-18 14:59:17
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