もうすぐ六億歳の妻
楢山孝介


一億年後も愛してるとかどうとか
気の長い話を歌いながら
家の前を中年の酔っぱらいが通っていった
一億年後のことなんてうまく想像出来ない僕は
一億年前のことを考えようとした

一億年前に恐竜っていたっけ?
眠そうな顔して爪を切っていた妻に訊くと
妻は
よく覚えてません
と言った

それもそうか
僕だって十年二十年前のことは
よく覚えちゃいない
妻は今年で六億歳になるというし
忘れてしまった量だって膨大なのだろう

一つ前の夫の想い出話や
歴史にも名を残した何百年も前の有名な男の
意外な一面を語る時には
呆れるくらいに喋り出すのに
(大半はどうでもいいこと)
興味のないことには
妻の記憶力はほとんど働かないらしい
(もうすぐ六億歳、というのも勿論適当な数字だ)

調べたところ、二億年以上前に現れて
六千五百万年前くらいまで
恐竜たちは繁栄していたらしい

その頃は身体を悪くして
寝ていることが多かったものですから
と言って、妻はふてくされてしまった

二億年とか
六千五百万年とかの数字の末端で
省略される年月しか生きられない僕からすると
六億年の重みを持つ妻の過去なんて
想像しようがないから
どんな男と
(というか人間の男とばかりじゃないだろうけど)
これまで結ばれていたところで
気にしないようにするしかない

あ、一つ思い出しました
当時の夫が獲ってきてくれたことがありました
その、恐竜って今では呼ばれてる生きもの
夫は大変な怪我をしていました

鳥の親戚とか言われ始めてるから
結構美味しそうなもんだけど
どうだったの

よく覚えてません
美味しかったら覚えてるかと思いますけど
その頃は身体を悪くしていて
何を食べても美味しくなかったものですから

そんなものか
遠い昔の彼女の夫に少し同情した
僕が作る料理の数々を
妻はいつも美味しそうに平らげてくれるので
(彼女は料理が苦手)

妻の六億歳の誕生日には
彼女にも覚えられそうな簡単な料理を
何億年か前の哀れな男にも乾杯しつつ
美味しく食べることにしよう

鶏鍋でいいかな
美味しければ何でもいいです
はいそうですか


自由詩 もうすぐ六億歳の妻 Copyright 楢山孝介 2007-06-13 10:41:34
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