したたる、
岡部淳太郎

                したたる、

水のひびきのなかに、私の声があ
ります。暗いこころのままで死ん
で幽霊となった私のとうめいな喉。
ぬれながら、だえきもでないほど
にかわいてしまった私の声は、ひ
とつぶずつの水のしたたりのなか
に封印されて、もうそこから出る
ことができなくなっているのです。


                したたる、

水の汚れた清冽さのなかに、私の
怨念も情念も、人の世への未練も、
それにたいしてうけるであろう報
いでさえも、すべてがすきまなく
押しこめられているのです。あな
たにはおわかりにならないでしょ
う。死んで幽霊となった私の、そ
んな見えないこころのかたちなど。


                したたる、

水で口元をすすぐのは、いつも生
きている人です。幽霊はぬれなが
らかわきながら、そのどちらの状
態にもそまることができないので
す。生きているあなたには、おわ
かりにならないでしょう。夜のさ
びしさや、私のそんなさまようだ
けの、声にならない声のことなど。


                したたる、

水とともにありながら、私にはま
だたりません。私の水分がこうし
て、し、たたり、ながら、人が呼
吸する大気のなかにとけているは
ずですが、あなたは気づかないで
しょう。私は暗い川の橋のところ
にいます。いつか涙のように、お
会いする夜があるかもしれません。



(二〇〇七年六月)


自由詩 したたる、 Copyright 岡部淳太郎 2007-06-12 18:15:56
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