ある日
んなこたーない

Castelles "Heavenly Father" (1955)にのせて


しずかな夜が
狙撃手の黒い手袋を脱ぐと
映写機はひとりでに回りはじめる

そのときおれは
終日営業のレストランでひとり
憤然とサラダを咀嚼していた

亡命者と非亡命者が
偶然に出会い 偶然に抱擁を交わしあうなら
それがすなわち全世界である――

おれは鉛の味のサラダを飲み込み
フォークを皿に突き刺し笑う
「笑え 笑え Zizzy Zee Zum Zum」

笑え 笑え Zizzy Zee Zum Zum
やがてこの造花の街にも朝が来る――
そのときおれは 霧深い橋にひとりたたずんでいるだろう

運河は濁った水面に赤い色のリボンを浮かべて
おれはピストル自殺したあの舞台女優の生涯について考えている
「うるわしのテムズよ、静かに流れよ、わが歌の歌い終わるまで」

しかし歌はすぐ終わる
ひどく騙されたような気がして おれは
一度だけ敬虔な表情を装ってみる 「愛する者よ、沈黙せよ、沈黙するのだ」

運河は濁った水面に赤い色のリボンを浮かべて 霧は橋上にたちこめてくる
「うるわしのテムズよ、静かに流れよ、わが歌の歌い終わるまで」
しかし歌ははじまらず 愛する者は傍らをただ素通りしてゆく

愛する者と愛される者が
偶然に出会い 偶然に沈黙の声合わせ歌うとき
しかしそのとき おれの姿はどこにもない――すべてこのまま変わってゆけ すべてこのまま変わってゆけ。


自由詩 ある日 Copyright んなこたーない 2007-06-11 16:32:02
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