ピアソラ
Utakata


地下道で出会ったあの子は
身体の周りに薄赤い魚を
泳がせていた

着ていたのは薄い綿のシャツで
ローリングストーンズの唇 臆面もなく舌を
突き出していた

タンゴのリズムで十まで数えて
踵を軸にした半回転
ひそかに交わした笑い顔は
蛍光灯の光に紛れ
夜の欠片を撒き散らす
小さな蛾の群れ

その子の魚は
その子の魚は
薄い鰭の金魚みたいで
ひと掻きするたびに周りの空気が少しずつ濃くなって
夏の夜だよ
そう言って笑う

そうして踊りながら飛び跳ねる一瞬だけ
その子は重力を笑い飛ばして
一瞬だけの時間を無視して、空中にその姿勢のまま永遠に焼きつくんだ
ストーンズの唇が大きく歪むんだ

タンゴのリズムで十まで数えて
僕たちはみんな手拍子を打って
地下道の空気は少しずつ濃くなって
笑うたびに肺の中へ水のような粘り気が流れ込むんだ

地下道で出会ったその子は
身体の周りに魚を泳がせていて
手拍子に合わせて永遠に踊りつづけて
夏の夜だよ
言って笑った
言って笑った
言って、笑った。


自由詩 ピアソラ Copyright Utakata 2007-06-09 11:56:52
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