いくつもの 路上
水町綜助

水溜りは空を映しこむだろうが
さして時間も掛けずにそれは乾くだろう
ことに街中ともあれば路上に水がとどまる事はない


  *


汗をかいている
背中の汗の珠を
そのふくらみを想像して
虫刺されの腫れを連想して
早く服を脱ぎたくなる
なんていう大げさなことはまったくなく
僕は町の中を歩く夏
喉が渇いたのはほんとうだ
でも350も飲めそうにない
赤い自動販売機は日差しにやられて
発光して白くなってきえそうだ
顕か過ぎることもかんがえものだ、と
通り過ぎながらここ四年くらいを思い出してみるが
断面をみた記憶はない
断片ならあったが
という駄洒落みたいなことを事故的につぶやいてしまうところから
すこしだけ
こどもの頃を懐かしんで
そしてすぐに丸めて捨てた
とてもかわいい子だったと思う
一歩歩いてはふと思い
一歩歩いて否定してみて
くだらなさに笑う
どちらにしても町の中
道の上
とどまることができない


  *


水溜りは空を映しこむだろうが
さして時間も掛けずにそれは乾くだろう
あたりまえのようにあとにはなにも映さない
路上は乾いていく
ゆるやかなおうとつの皮膚で
陽に焼かれて


  *


「道の王」
浮浪者のことだ
焼けすぎて垢じみて真っ黒だ
東京の大通りの植え込みの中で
日に照らされて眠っている
日に照らされて
絡まった長い髪が発光している
道の上照らされるほどに黒く
喧騒の中浮き彫りになっていく
これはもう王様だ
のっそりと歩き出したら
誰もが道を空けてる
もう名前など意味は持たない
彼は独立している


 *


街路樹

どうしようもない晴れ間に
鉛筆で描かれた僕が歩いている
僕のかすれたところには光が刺さっていて
ぱらぱらとページを繰ると僕が歩き出す
街路樹は均等に並んで
太陽は硬質でとがった光をそそぐから
緑の葉は凍るように燃えて
かち割れた宝石のように光を乱反射する
それを道路の反対側から見ている君は
僕が道を歩き
街路樹に隠れるたびに
またあらわれるたびに
まばたきをするから
その睫毛のえがく斜線に引っかかれて
僕はまたかすれて
緑の乱反射にかき回される
もうめちゃくちゃだ
光は切るし
もともと切れてるし
君まで切るし
血なんかでねえよ
光が回ってる
所詮空想の光だ

一本のけやきの木があそこに生えてる
あそこまで行ったら
重なって立ち止まろう
雨が降り出すまで
そして君から隠れて本を燃やそう
けやきの木はよく燃えるらしいから
落雷で
そのついでに


  *


五月末 習慣少年ジャンプ 解熱剤

益々わからなくなってきた
今いるところももう飽き飽きだ
というかいられなくなってきている
だからよく考えればそういえば飽き飽きしていた気もする
どこかへいこうはばたこうあるきだすんだあたらしいとちへ
そこをふもう
と、
感情の尻尾をひっつかまえてずるずると引きずり出せばなんてことはない
あまりにもしらける
普段は穴の中にあっためて置いてあるから
あらためて出して眺めてみれば余りあるくだらなさ
少年か
ジャンプしろよ
友情と努力と勝利を学べてない
家の中で引き出しや押入れを漁り
七つの玉ばかり探してる

そういえば二十二のころ初夢ででかい龍が口から入ってくる夢を見た
そのあと熱が出た
わくわくしていたらインフルエンザだった
タミフルはその後二十六の冬に飲んだが
うなされた挙句夜中に目を覚ました
したらカラスが鳴く声が耳元でひっきりなしに聞こえて怖い思いをした
翌朝子供バッドになって転落死というニュースのこえ
遠巻きにきこえる
少年からして学べてない
確かに熱は引いた
うそみたいに
いやタミフルのことだよ


  *


広場を中心に放射線状に道が伸びている
その広場の中心にそいつはやってきた
やぐらを組んでそこから
すべての路上で行われていることを見るために

ぼくはその広場で貸し本屋としてぼんやりと生きていた
そいつは四六時中やぐらにすわって煙草を吸い吸い汗を拭き路上を眺めていた
しかし一週間もすると飽きてやぐらを降りてきた
何が見えたか聞くと
どこで行われていることも大して変わらなかった
とこたえた
そいつはたばこを一本吸うと広場に投げ捨てて
おちた火種の示した路を歩こうとしたがやめて
一本の路を選んで自分も歩き出した
西南西に伸びる道だった
ポケットに手を突っ込み
町外れまで
砂埃の上がる金色に焼ける道を歩いていった
そしてふいに路地に曲がって消えてしまった

夕刻近い昼下がり
道の上には人々の長くなった影がいくつも伸びていた


  *


雨が降りしきる道の上
いくつもの川が流れて
路上の皮膚を
そのおうとつを
顕かにして
なぞるように
流れて
あらわす
どこに流れていくかはどうでもいい
どこに吸い込まれていくか知らない
やがて海に帰るまで追わない

路上に水が留まることはない
ただそれだけのことだ




















自由詩 いくつもの 路上 Copyright 水町綜助 2007-05-30 18:10:03
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