腥風
atsuchan69

( 錆びた鉄筋を剥き出しにした、
 崩れかけた支柱が夕映えの空へと伸びる )

すでに蝕まれたコンクリートの構造物に滲みる、声

 絶間ない、呪いにも似たその響き )))
 おそらく、何らかの意味を含むものの
 言葉というよりは悲鳴や唸り声にちかい、
 苦々しい独経のような多くの発声が
 垂直な空調ダクトを伝って洩れ聴こえている

蜂の巣を想わせる幾つもの部屋のうちのひとつ
たとえば此処で交尾をする、君と僕や また別の誰か
壁を舐めつづける女」や、人形とアソブ永遠の子供ら」
死を俟てども生延びる、杖をもつ弱者たちの呼吸
或いは複雑な記号と数式の階段を 昇り/降りする
甘い蜜を塗った人でなしの切符を手に
ひとりの詩人が子猫を抱いて笑う
いや、笑いつつ 泣いている。

溶け出したマスカラは ふた筋、黒い涙の川を残し
すでに子猫は詩人の腕の中で死んでいた
殺したのは、地獄の業火にも優る(残虐な)無関心。
僕や君の作る 例の、疲れた顔に紛れた冷たさの素顔・・・・
そして朝になれば子猫は棄てられ、非情にも日捲りは破られる
しかし彼女はたぶん、ふたたび子猫を買って笑うに違いない

ビルの最上階では今しも濃厚な血の色の落日を浴び、
黒い革張りのソファに座る老獪なウイザードが口元を弛める。
パノラマに眺める大窓から覗く その荒れ果てた世界に眼を細め、
世界は斯く在るべし と、さも満足げにつぶやく
背後には、蝙蝠の翼をもつ奇怪な異人の声――
その声はざらついて棘だらけで、意味はまったく読み取れない

ただ、忘れられた荒野にいのちがあった

いのちは、瓦礫の下に芽生え 逞しく生き延びて
高く聳える超高層の構造物をやがて傾かせるほどの力を秘め、
いつか突然に咲く 巨大な一輪の花を蕾ませ
淫らに、かつ大らかに根を地下に張りめぐらせる

 ( やがて古びた黄昏の地平線を祓うように、
 一陣の風が 赤黒い砂塵とともに過ぎるのを見た )












自由詩 腥風 Copyright atsuchan69 2007-05-30 00:47:27
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