「 彼女の触手は濡れている。 」
PULL.







皮を脱ぐと、
彼女の触手は濡れている。
「…見ないで。」
そう俯く彼女の目は、
もう既に触眼で、
照明を落とした部屋の中、
仄蒼く、
ふたつ灯っている。

しゅるり。
彼女の触手が首に巻き付き、
やわらかく、
ぼくを締め上げる。
やがて息が苦しくなる。
見開いた目から、
眼球がこぼれ落ちて、
床に転がる。
ぽっかり空いた眼窩から、
そこから、
「彼。」は這い出してくる。
ぼくは、
ふたりを床から見上げている。

「彼。」は、
その小さい手で、
ぼくの眼窩を押し広げ、
ぼくから抜け出してくる。
「彼。」にはまるで体毛がない。
どこもかしこもつるりとしていて、
まるでナメクジのようになめらかだ。
彼女はなめらかな「彼。」に触手を伸ばし、
味わい、
愛撫する。

魚のように開いた口から、
彼女は、
そこから、
ぼくに入ってくる。
穴という穴から、
彼女はぼくに入ってくる。
内蔵の底で、
彼女の喘ぐ声がする。

「彼。」が、
きいきいと声を上げ、
彼女の触手に歯を立てる。
ひとくち囓るごとに彼女は、
濡れて、
ぼくの内蔵を熔かして、
ゆく。

ぼくたちは、
こうして、
愛し、
ひとりになる。












           了。



自由詩 「 彼女の触手は濡れている。 」 Copyright PULL. 2007-05-21 07:35:31
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