赤ノアイ
朝原 凪人

真っ赤な靴を履き
真っ赤なドレスを纏い
真っ赤な髪留めをつけた
真っ赤な美しい女の
そのくちびるはなぜだかいつも
半分だけ真っ黒でした

女は
いつもの酒屋の
いつもの席で
いつものウィスキィを
いつものように
いつものグラスに注がれた
その半分だけを飲みました

その女に恋をした
ウェイターの少年は
マスターに訊ねます
どうしてあのひとは真っ赤なのでしょう
マスターは答えます
それがあの女の目印だからさ

次の日も女は
いつものように酒屋に来ました
ウェイターの少年は
マスターに訊ねます
どうしてあのひとはウィスキィを半分しか飲まないのでしょう
マスターは答えます
それは半分だけ酒に酔うためさ

その次の日も
女はいつもの席に座りました
ウェイターの少年は
マスターに訊ねます
どうしてあの女のくちびるは半分だけ真っ黒なのでしょう
しかしマスターは答えません
憐れみを湛えた右目を少年にくれただけでした

次の日
いつものように女のグラスにはウィスキィが注がれていました
少年は女の靴の
あるいはドレスの
あるいは髪留めの
その色に頬を染め
訊ねました
どうして真っ赤なあなたのくちびるは
半分だけ真っ黒なのでしょう
女は答えます
あたしのくちびるが黒いのは
男の瞳を喰らっているから
あたしのくちびるの半分だけが黒いのは
すべてをひとつにはできないから
少年はわからないと首を振ります
そう、だったら教えてあげる
ぼうや、お金はあるの?

次の夜
空のボトルに貯めたお金を持って
少年は酒屋に行きます
そのお金は老いていく母親のためにと貯めたお金でした
女はすでにウィスキィを半分飲んだ後でした
赤の中の半分の黒が吊り上げられました
少年は訊ねます
どうしてあなたは涙を流しているのでしょう
女は答えません
少年は赤に抱かれるように店の外に出ていきます
その様子をマスターは
カウンターの中から右目で見送りました

次の日
ウェイターの少年はいつものように働いていました
そしていつものようにやってきた赤い女を
その中にある半分の黒を
どこかに行ってしまって暗闇が広がるだけの左の目で捉えました
女は少年にいつものようにウィスキィを注文します
女がそのウィスキィを半分飲み終えた頃
後からやってきた毛むくじゃらな男と女は店の外に出て行きました
少年はそれを右眼でただただ見やるだけでした
少年はマスターに訊ねます
僕の左目はどこに行ったのでしょう
マスターは答えます
きっとあの女の腹の中に閉じ込められちまったのさ
それは哀しいことでしょうか
少年の言葉にマスターは首を振ります
そいつは俺が決めることじゃない
風が鳴き始める夜の酒場
少年は残った右の目で
あるいはなくなった左の目で
女の出ていったドアを見つめました


自由詩 赤ノアイ Copyright 朝原 凪人 2007-05-12 14:16:02
notebook Home