新茶の季節<実家編>
佐々宝砂

戸口を開けると
死んだ祖父が
母と一緒に居間に座っていた

母を呼びだして
おじいさんって死んだよね?
と耳元に囁くと
母は快活に頷いた

夕暮れだか朝だかわからない
中途半端な靄が
窓から入り込んでくる

それでも今は新茶の季節だから
風は新芽の薫りを運ぶはず

おじいさんにお茶を入れてあげて
と母が云うので
台所でお茶を探したがなかった
戸棚には
百科全書や小麦粉やハーモニカや
何に使うわからない茶色い小袋などが
いっぱいに詰まっていたが
お茶だけはないようだった

台所ののれんから顔を覗かせて
かあさんお茶ってどこにあるの?
と訊ねたが

居間にあるすべては曖昧な靄に溶けて
母の姿も祖父の姿も
見分けることができなかった


自由詩 新茶の季節<実家編> Copyright 佐々宝砂 2004-05-04 02:14:40
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