追憶演技
楢山孝介

野良犬を見かけなくなって寂しいだとか
犬の糞を踏まなくなって嬉しいだとか
駅前の駐輪場はどこも整備されてきて
雪崩れを起こして倒れなくなったなとか
そんなことにふと気付くことがある
数年前の街の光景を大袈裟に懐かしんだりする

父や母たちの世代がいう
バナナの値段は昔から変わらないねだとか
もう加山雄三も七十歳だねだとか
そんなのと同じ調子で
少し昔の光景を懐かしがっている
歳を取ったね僕たち
時代は移ろいゆくね
なんて老け込んだ振りをして
セピア色の過去を無理やり捏造している

野良犬に追いかけられたいだとか
犬の糞を踏んで悔しがりたいだとか
ぶつかった拍子に雪崩れていった自転車を
ぶつぶつ言いながら起こしたいだとか
そんな日々に戻りたいなんて気持ちはさらさらないのに
あの頃は色々不便で
街は汚くて物騒だったけど
人々の気持ちはあったかくて
今の時代にはない良さがあったね
なんて語りたがっている

時折自分の記憶の中にある過去の街を
爆撃で壊したくなることがある
洪水で流したくなることがある
劇的な過去を創り出したくなる

昔は少し街の中心部を離れると
何十匹もの野良犬に囲まれていた気がする
ここのところ注意して探しているのだけれど
彼らの姿は一匹も見つけられないでいる
セピア色の過去は演出過剰になりたがる


自由詩 追憶演技 Copyright 楢山孝介 2007-05-02 13:34:26
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