点火
水町綜助

ピンクの透明なライターを
すかして落ちる電球の光は
穏やかな菱形にゆれていて
口をあけてすごした何百回の夜を
あくびなみだのふるえにも似て
思い出させた
夜の路地を行く人々は
人々
だから
わたしはひとつ
夜風に遮られて
区切られている
わたしはやさしい言葉を
持ちえない
ほしを見ることがおそろしい
それはほんの隣のスツールで
ほんの一瞬
グラスを傾けて
液体をすすりこんでいる
「それだけ」
のにんげんと同じだから
ながれる液体を
溢れさせるいみを
みいだせない
そのひとが口をひらく
「今日はいい夜です」
のうらがわのドアを開けて
夜空を長方形に切り取った路地に出よう
そこを走ろう
にげつづけて
角を曲がり
朝日が昇りそうなら
丘に登り
夜が続くなら 駅前で
まるい噴水を覗き込む
泡立つ水面は何も映さず
だからこそわたしは
わたしと見詰め合っている
ましてや
肩越しに覗き込む
心配そうな顔など

わたしは
ほしを見ることが恐ろしく
やさしい言葉を
もちえない
口にする言葉は
すべて
ただ
生温かな吐息でしかない
熟柿の匂いのする
ためいきだ
ライターに点る
熱いしずくを
吹き消すだけの
ためいきだ


自由詩 点火 Copyright 水町綜助 2007-05-02 08:18:57
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