漏声 ー夜の車窓ー
服部 剛

週末の淀んだ駅の構内で
すれ違う人々の心のふところ
「ある独りの人」がおり

優しくうつむいていたり
寂しくほほえんでいたりする

「ある独りの人」は

(声をかけてください)
(水をください)
(手を握ってください)

と言っている

それは
仕事帰り
脱線しそうでしない人々が乗る電車の窓に
薄く映る自分の素顔だったり
座席で向き合いながら
目線を合わせることのない
疲れた乗客だったりする

窓の外に流れ去る 緑十字の光
病室のベットの上で
末期患者は闇塗りの天井をみつめている

列車の揺り籠にゆられながら
無関係を装い眠りに落ちる人々の懐から
浮かび上がる「ある独りの人」は
空気にとけた見えない姿で立ち
両腕を広げ
離れた心と心の谷間に
橋を架けようとしている

(病室の暗がりに
 眠る患者の傍らに…ほの白い人影が)

月の光を集めた線路の上を
走る列車は今夜も
いくつもの密かな溜息を乗せ
あてのない闇の深みへ

 夜空から 明け方へ
 青空から 夕映えへ

果てなく織りなされる
空のタペストリーに包まれた
この世界で

幸せを探す羊等の
漏らす溜息を
すくう やわい 風のてのひら
人知れず
車窓の外に吹いている



    * 初出 詩学 ’04・2月号(投稿欄)


自由詩 漏声 ー夜の車窓ー Copyright 服部 剛 2004-05-02 19:20:24
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