村木正成

少年は手にもっている一つの林檎を空に向かって投げる
するとそれは翼を拡げる鳥になった

少年は青い空が好きだった
空の中は永遠に汚れぬ世界であると信じていた

少年はどこまでも途切れぬ煙突の煙を眺めていた
煙は空に吸い込まれて消えていった

実際には
本当の空はもうどこにもない
本当の汚れぬ世界は少年の中にしかないのだ

夏蝶が少年を超えてゆく
はかない命の行く先は空にあるのだ
疑いようのない青空

旅の男がスーツケースを開けると
たちまち空は夕暮れに染まる

男は異邦人であった
瞬きをする間にも満天の星空が頭上に拡がる

男はあおむけに空を仰ぐ
空は祖国に繋がっていると信じているのだ

実際には
本当の祖国はもはやどこにもない
本当の祖国は男の中にしかないのだ

猫が男の隣を過ぎる
失うものがない者は空に向かうのだ
すべてを包み込む今宵の夜空


自由詩Copyright 村木正成 2007-04-26 12:42:04
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