春にうまれたあなたのこと
藤丘 香子

ある日
贈り物をしようと出掛けた
セーターを買いに行き
サイズを聞かれた
わたしは答えられない

靴屋に行き
やはりサイズを聞かれ
答えられない

ネクタイを買いに行って
好みの色が分からない

何てこと
あなたのことをあまり
知らない

春にうまれたあなたに
贈り物をしたくて
秋の中をうろうろし
途方にくれて

繁華街にある小さな森のベンチに
うつむいて座っていると
寂しさがこみあげてきた

わたしは涙を認め
愛しいと想うことのはじまりを理解した
枯葉と秋桜の中で





わたしは何冊かの書物を読み
何本かの映画を観て音楽を聴き
そして日記を綴り
気がつくとあなたのことを考えている

あなたが何も言わないのは
旅をしているからなのでありましょう

考えても考えても先へ進まない
わたしはちょうど
満ち潮でもがくオールなのでありましょう

しばらくのあいだ
魚になっているに限ります

でも
眠ってはいけない
泳ぎはからっきし下手で
きっと深く溺れてしまい
月夜の
青い砂浜に戻されてしまうから





冬支度が始まる
暖炉を磨きあげ
白樺を
少しばかり上手に焚けるという理由で
火の門番になってしまった
寒さは三日続いた

炎の形を知っていますか

誰かが孤独の形だと言っていたけれど
わたしには孔雀に見える
一羽であったり二羽であったりする

そうして
掴みどころのない寂しさの中で
窓硝子の向こうの
ペンタスに灯る星を見ている





三キロ先のチョコレート屋まで
犬のロビンと散歩をする

道々でわたしは顔見知りに会釈し
犬同士は
じゃれたりすましたりしている

秋を貫く両袖には楓が燃えて
その真ん中に続くなだらかな小径
わたしの足は
再び戻ってくる道にあり
新しい道の上にもあり
そうしてわたしもひと時
旅人の仲間入りをする

色付き始めた道しるべは
再生の種だ

それは季節のあちらこちらに散らばり
そのほとんどを見つけ出すことは
とびっきり難しい
あなたの車窓にも見えるだろうか





見覚えのある景色の中では
つま先が空を見る
遥かな空を見上げ計測してみる

あなたは遥かで
あなたは空で
あなたは春で

そうしてあなたは
いちばん近いところに
いちばん近いところに
つま先が空を向いている





林の中にも季節があり
気がつかない命の準備がある

そうして循環の中に秋があり
知っている温度があり
かつて耳を澄ましていた春がある

あなたは春にうまれ
わたしは秋にうまれ
季節の中で咲く花がある

花を咲かせる本当の意味を知る
という贅沢は
新たな空腹を生む

そうしてくりかえす営みの中で
時期に逆らわないことの全てと
知らないということに
気付いていくのかもしれない

わたしは秋の林を歩いている
贈り物はまだ届けられそうにもない

遥かな空
あなたは春にうまれた





自由詩 春にうまれたあなたのこと Copyright 藤丘 香子 2007-04-10 07:21:21
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