艶布巾落とし
A道化
廊下に落ちた西日の溜まりは
しろくしろくまぶしく
まぶしすぎると口に出すことは体の不足を認めることである気がして
目蓋薄め密かに調整しました
床板では、遠くからのピアノ音が転んでいました
その証拠に音がしていました
見えないのは
光のせいでした
たどたどしく繰り返されていた一節が丸みを帯び
ついには
ピアノからではなく指そのものから美しいピアノ音が生まれたとき
床板に届いたその音は豊かに豊かに弾み始めたのでした
そしてそのとき、私の指は
手にある、10本の、見つめたくない指でした
それらはかつてから不用意にピアノの黒い艶へ手垢をつけてしまうばかり
いつまでもたどたどしいままで我を忘れることの出来ない指先からは
美しい音が生まれたことなど、ああ、美しいものが生まれたことなど、一度も
ただの一度もないのでした
廊下に落ちた西日の溜まりは
しろく、しろく、まぶしく
鍵盤からではなく指から生まれた美しいピアノ音は
豊かに、豊かに、弾み
まぶしすぎます、美しすぎます、そういうものがあまりにも多すぎます
まぶしすぎるものが美しすぎるものがあまりにも多すぎるということ
それを口に出すことは自らの不足を認めることである気がしていました
けれど、けれど、もう、私は
誤魔化すことが出来ないほど、私は、不用意にそれら汚してしまうばかりで
西日の溜まりのしろいしろいまぶしい廊下に浸かって艶布巾を握り締めたまま
何処から拭いてよいのかわからず、ついには、指先は、艶布巾の艶にはっとして
床板へ取り落としてしまい、ああ
ああ
美しくありたい
美しく、ありたい
美しくありたい、美しくありたい
美しくありたい、美しくありたい
ただそれだけ
ただ、ただそれだけを考えて生きることを
美しいものたちよ、蔑みますか
何も見えません、艶布巾から逃げ西日を後追いしようにも
出口も何も見えない廊下そしてその壁に引っ掛かったために倒れない体
それはそれで
安息、といいます
2004.4.27.