世界の車窓から
大覚アキラ

消防車と救急車とパトカー およそすべてのサイレンの付いた乗り
物が ひどくゆっくりと南に向かって走っていく ぼくはそのあと
を野良犬のように追いかけながら交差点に差し掛かるたびマラソン
のゴールの瞬間を演じるのだ 感動の涙を流しながら そして口か
らは何度も何度も呪いの言葉を吐きつづける 牙を剥いて獣の言葉
で呪いをかける シャネルのショーウインドウの前で 襤褸切れみ
たいになったホームレスの老人が横たわっている その傍らを足早
に通り過ぎる女子高生は 凶器になりそうなほど長い睫毛を風にな
びかせながら ケータイのメールを猛スピードで入力している そ
のすぐ後ろから両手にショッピングバッグを抱えてシャネルから出
てきたのは ユニクロのフリースを着た若い主婦 そして彼女の形
のいい尻を舐め回すように見つめている中年のサラリーマンは 脇
道から飛び出してきたメルセデスに轢かれそうになって舌打ちする
爆音も囁きも音速で届く そしてなにもかも掻き消すようにあっけ
なく耳の奥に滑ってゆく もう一度繰り返そう 爆音も囁きも音速
で届く そしてなにもかも掻き消すようにあっけなく耳の奥に滑っ
てゆくんだ さあ そっと目を閉じて ベッドの中でひとり はじ
めてのときを思い出しながら潜っていくがいい 音のない闇の底へ


自由詩 世界の車窓から Copyright 大覚アキラ 2007-03-26 23:13:41
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