夢 〜赤ちゃんの国〜 
服部 剛

朝起きたら 
いつも台所に立つ母が 
地を這う赤ちゃんになっていた 

家を出て 
電車を待つ駅のホームには 
はいはいのまま赤ちゃん達が並び 
全ての席は座る赤ちゃんに埋め尽くされ 
無邪気に笑ったり 
孤児みなしごのまま泣いたり 
していた 

職場の老人ホームの門をくぐると 
走って来たワゴン車の運転席は 
ハンドルから手を離したまま 
シートベルトをした
赤ちゃんだった 

後ろに乗った
車椅子に座るのも 
赤ちゃんだった 

( いまごろせかいじゅうで 
( どれほどのうぶごえが 
( だいがっしょうをして 
( このちきゅうをまわしている 
( ことだろう 

ぼくはといえば 
風が吹くと 
あごの下が揺れるので 
おかしいと思い 
老人ホームの便所に行くと

鏡に映る自画像は
無数のしわを刻んだ 
白髪の老人 
だった 

背負ったリュックのファスナーを開くと 
玉手箱のふたが外れていた


  * 


今日も一日の仕事を終えた 
揺りかごの電車 
目を覚まし
顔を上げると 
向かいの席の一列に座り 
並んで眠る赤ちゃん達の顔は 
くたびれたスーツを着た 
中年サラリーマンの達の顔に 
戻ってゆく 

電車を降りて 
駅構内を行き交う人々と
すれ違うたびに 
( おぎゃあ ) 
という不思議な産声が聞こえた 

その日はなぜか 
いつもより優しい気持で 
毎晩母が味噌汁をつくる家へと
月明かりに照らされた夜道を 
帰った 








自由詩 夢 〜赤ちゃんの国〜  Copyright 服部 剛 2007-03-21 20:59:09
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