夢 〜赤ちゃんの国〜
服部 剛
朝起きたら
いつも台所に立つ母が
地を這う赤ちゃんになっていた
家を出て
電車を待つ駅のホームには
はいはいのまま赤ちゃん達が並び
全ての席は座る赤ちゃんに埋め尽くされ
無邪気に笑ったり
孤児のまま泣いたり
していた
職場の老人ホームの門をくぐると
走って来たワゴン車の運転席は
ハンドルから手を離したまま
シートベルトをした
赤ちゃんだった
後ろに乗った
車椅子に座るのも
赤ちゃんだった
( いまごろせかいじゅうで
( どれほどのうぶごえが
( だいがっしょうをして
( このちきゅうをまわしている
( ことだろう
ぼくはといえば
風が吹くと
あごの下が揺れるので
おかしいと思い
老人ホームの便所に行くと
鏡に映る自画像は
無数の皺を刻んだ
白髪の老人
だった
背負ったリュックのファスナーを開くと
玉手箱の蓋が外れていた
*
今日も一日の仕事を終えた
揺りかごの電車
目を覚まし
顔を上げると
向かいの席の一列に座り
並んで眠る赤ちゃん達の顔は
くたびれたスーツを着た
中年サラリーマンの達の顔に
戻ってゆく
電車を降りて
駅構内を行き交う人々と
すれ違うたびに
( おぎゃあ )
という不思議な産声が聞こえた
その日はなぜか
いつもより優しい気持で
毎晩母が味噌汁をつくる家へと
月明かりに照らされた夜道を
帰った