エムと出会ったのは、ちょうど海の標識が立つ四つ角を曲がった交差点だったと思っているのは記憶違いなのかもしれない。御影石が欲しいというので三つ拾ってあげたところまでは、覚えているのだけれども、その先は朝だったような気もするし、エムはしきりに夏の匂いをうれしがっていて南の国には夏しかないという始まりもなければ終わりもないお話しをひとつしたから、たぶんぼくは少し酔っ払っていたのだろう。
円周に加速する肉体と、垂直に引き寄せようとする宇宙の孤独がたたずんでいる海辺の県道。バスに乗りながら彼らを見送る夕暮れ時、ぼくは無性にエムに会いたくなる。淋しさを偽って過ごす世界は何色だろう?きみの眼にはいくつの太陽が映っている?初めてからだに触れたとき、きみのおなかは午後の日差しの余熱で満たされていた。突然の出会いが世界を緩やかな光で彩っていくそんな足音をぼくはエムからたくさん教わった。
この朝は誰の朝だ?
演劇的な夜を越えて、水平線がステップを踏んだ。答えなどはじめからなく、そう、いつだって通り過ぎてくのは、風の言葉だけ。
そして声が聴こえる
犀の角のようにただひとり歩め
沈黙のなかの痛みは知らないよ、なんてうそぶくよりも、いまのぼくは少しだけ、無言のなか、かすかな痛みを抱いている。だから、さあ、これから世界を連れて旅に出よう。シューズはミズナラの樹、Tシャツは沙漠のキャラバンだ、たそがれ色のジーンズを穿いて、マッキンリーの頂にひと休み。
握手を3回しよう。ぼくらの符号の言葉で手紙を書こう。孤独も寂しさも月の曲線に照らしてもらおう。エム。いつの日かまた、猫が朝帰りした晩に、ウィンクする信号機で一緒に踊ろう。波が寝返りをうつリズムに眠ろう。
光が見える
沈黙に歩む声にならぬ声たちが
今夜も誰かの輪郭を撃ち抜いた
空の向こう側から聴こえてくるその合図が
すべての朝を始めるための旅立ちの号令となって
ぼくらが暮らすこの街に
地球の遠い夜明けが手渡されていく