喪失の朝
石瀬琳々

耳をすますと
遠く潮騒が聞こえる
ドアを開けば幻の海
白い波頭が立って
空はおぼろに霞み
「春だね」とつぶやくと
「春ね」と君が応える


潮風が弧を描いてゆく
君の長い髪がゆらめいて
振り向くと
指先はくうをつかんだ
砂についた足跡をたどってゆくと
崩れた砂山があるばかりで
君の白い素足も見えない
割れた貝殻に足をとられ
指先に赤い血がにじむ


陶器皿のかけらが
粉々に砕け散る
一人の部屋
開け放たれた窓から
風だけが入って来る
陽が光る 踊りながら



ああ
もう何も思い出せない
あのドアが何色だったのか
君の名前さえも もう





自由詩 喪失の朝 Copyright 石瀬琳々 2007-03-09 14:51:10
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