球根
もろ


紫色にぼんやりひかる窓が歪んで
亀裂が入っているようだったので
ちょっとした好奇心から
指先でそっと
深い亀裂をなぞってみる

誤って指を切ってしまった。

決して切りたかったわけではない
でも実は
誤ってなどいない。

窓の中では見知らぬおじさんが
事務作業をしている。
どんな人なのかは
見当もつかない。

紫色にぼんやりとひかる窓は
昨日まではそこにはなくて
用なんかなかったけれど
軽いノックのあとドアを開け
中に入ると
ちゃぽん
コップの中に
ビー球が落ちるような音
ドアの中は水で満たされていた
切った指からは
血が滲んで
上へと螺旋を描いて上っていった

数秒が経って
息を吐き出してしまうと
吐き出す酸素はもう残っていなかったのか
ぼこぼこと
なにかを吐き出すことはできなくなってしまった
かわりに
指の傷から
まるいビーズのような酸素の球が
赤い螺旋と並んで
上へと上っていた

そこは
とても狭い部屋だったけど
天井はなくて
見上げれば
空との境はないようだった
私の螺旋は
ずっと空まで高く伸びて
ある雲の中へと続いている

事務員のおじさんは
よく見ればうつぼの形をしていて
私のほうへ泳いできたかと思うと
私のわき腹をかじりとって
またどこかへと泳いでいってしまった

螺旋が
もう一本増える

雲の上はオハナバタケだ。
初めて見る雲の上
私の螺旋は
そのうちの一本の根、
それからもう一本の根に
繋がっていて
見たこともない花を咲かせていた。
隣では
さっきどこかへと泳いでいってしまったうつぼが
雲の上に顔を出している。
私は
私から伸びているうちの一本を摘んで
部屋の隅
ドアまで引き返す
外は夜。

ドアを開けて外へ出ると
紫色にぼんやりとひかる窓の中で
おじさんがまだ仕事を続けている。
おじさんの左手には
花が握られていた
こちらを見て
にこりと微笑む
見知らぬおじさん
私もにこりと微笑みかえす。

空を見上げると
月の脇に雲がかかっていた
あの雲の上は
きっと
オハナバタケだろう。
そのうちのいくつかの根は
私に繋がっている。

花が
咲いていて
くれた。

忘れてしまった
家までの道を
軽い足取りで
歩いて帰る。


**poenique**詩会**2007.02.11**


未詩・独白 球根 Copyright もろ 2007-03-05 01:32:02
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