第ニボタン
Rin K

やってみたいことはたくさんある けれど、
やっておきたかったことも、たくさんあった

高く、空に流れていった最後の校歌と
旅立ちの、握りしめたら少しだけ痛い
金釦のような歌
それらをいいわけに、せめて
そのひとつだけでも叶えてやろうと
ぼくは教室を飛び出した

右手には卒業証書
左手には、おどろいた君の
細い手首
ひとまわり大きくなった君の瞳は
まだ涙がかわいていなくて
そのぶん昨日より、大人びてみえた

どこまで走るの、と
君のはずんだ声が
歌を追いかけて空に溶ける
ぼくがいきたいところまで
一度くらいは言ってみたかった
ありふれた答えに
わけもわからず笑いあいながら
ぼくは目指した 
裏門の、さくら

飽きるほどにきいたチャイムの音も
今日ばかりは背中で受けることが
どうしてもできなくて ぼくが
何度も立ち止まっては、振り返るものだから
君はそのたびに小さくつまづいた

それでもふたり、声に出して笑いながら
時計台のかげがうつる校舎の壁に
精一杯のサヨナラを叫んだ、ら
重なり合った針と
昨日までの日々が、揺れて
にじんだ

咲くまでの日数はきっと
四つの手で数えられる
さくらの幹に君の体重をあずけて
ふたたびと帰らない場所で交わす
最初で最後の口づけ

これで もう
午後の陽ざしを吸い込んだ、釦に
託す思いなど、きっと
ないはずなのだけれど
君のこころにこの瞬間が
十秒だけでも留まってくれればいい、と
願ってそっと握らせた、二番目の釦

  ニギリシメテ
  少しだけ痛い、旅立ちの歌―――





自由詩 第ニボタン Copyright Rin K 2007-03-03 21:05:25
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