春のホログラム
佐野権太

微睡まどろんで、乗り過ごすうちに
春まで来てしまった

0番線から広がる風景は
いつかの記憶と曖昧につながっていて
舞いあがる風のぬくもりが
薄紅の小路や
石造りの橋や
覗き込むせせらぎの光の底に
からまっては、ほどけてゆく

春の改札は
まだ黄緑の膜に覆われていて
気持ちを伝えるように
ほのかな香りを漂わせている



待合室のベンチには
春の花束を抱えた
うさぎのぬいぐるみだけが
おとなしく座っている

ふと、視線を感じて
瞳を見つめ直すと
もう、ちゃんと無機質だった



下り列車は
静かにドアを閉じ
つないだ手を
ほどくときのやさしさで
ゆっくり滑り出す


後退、あるいは前進してゆく
春のホログラム


いつのまにか
向かいの席には
薄茶色の耳をした
うさぎが座っている
心なしか花束が
少し減っているようだ
それを、ゆるすように微笑むと
安心して
葉くずのついた、さくら色の鼻先を
ふかふか動かしながら
うっとりと
春を語りはじめる


自由詩 春のホログラム Copyright 佐野権太 2007-02-28 12:40:13
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