一センチからずれていく
夕凪ここあ

誰もいない放課後
鼻につくチョークの匂い
校舎裏には誰かの名前
雨風にもう消えかけて
らくがきにも見える名前
ひとつ

あれは
ひたかくしの時間でした
スカートの丈を短くしたり
おとなのふりをしたことや
前髪を思いきって切った夜は
不恰好に泣きました

一センチ広くなったせかいで
見たくもないものや
知りたくもないことで
満たされている日常
教室には濁ったほこり
舞って、舞って、
待って、
うまく呼吸ができない
喉がひゅう。ひゅう。と泣いている
校庭の隅には忘れられたボール

日暮れ頃
空には連なるひつじ雲
音楽室からかすかにピアノ
ほろほろと零れていくから
すでになくしてしまった前髪の分を
目の前の綺麗で埋め合わせたい

旧校舎から猫の鳴き声
空いたミルクの小さな器
汚れた壁の誰かの名前
あれは私のものだったか、と
思い出したくとも
今は、砂地。

風が吹くたびに
地面がひゅう。ひゅう。と音をたてて
今でも一センチの思い出が
ひたかくしにされている

校舎の跡地


自由詩 一センチからずれていく Copyright 夕凪ここあ 2007-02-27 02:26:56
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