おらあ悪党だすけ、
渦巻二三五

「おらあ悪党だすけ、地獄の閻魔様にも嫌われてなかなかお迎えが来ねぇ」
と元気に遊びに来ては、父によくこぼしていた祖父だったが
晩年はながいこと寝たきりだった
曲がったまま固まっていた脚のせいで棺のふたが閉まらなかった
なにか、たまらない気持ちになった
父が、ぐいとふたを押さえてようやく押し込めた
父はいつもそういう役目を引き受けてくれる人だ

閻魔様にも嫌われるような悪事とはいったいなんであったのか
おとなたちはみんな知っていたのだろうか
誰かにだまされて家や土地を失ったらしい、とは
おとなたちの会話からうすうす知っていた
呉服を商い田畑を耕し豚を飼っていた
田畑で鍛えた体は浅黒く仁王様のようにたくましかった
村の人たちの信頼篤く、世話役のようなこともしていたらしい

「わたしも満州に置き去りになったかもしない」
と、たった一度だけ母が言ったことがあった
祖父の口利きで何人もの人が満州へ渡ったらしい
土地がもらえて豊かに暮らせるから、と
祖父自身も心傾きかけていたところ、強く引き止めた人がいて
祖父は村に留まった
祖父はたくさんの人を満州に渡らせて、賞状をもらった
という話を聞いたのは、そのときたった一度きり
だからわたしの記憶ちがいかもしれない

「長岡の空襲の時は、みんな土手っ端へ逃げてねぇ。
でも、きれいだった。夜なのに、むこうが夕焼けのようにあかいんだよ。
あれは長岡のまちが燃えていたんだよねぇ。きれいだったねぇ」
と、そのとき子どもだった母は、これもたった一度だけ、わたしに語ったことがある
「おじいちゃんはねぇ、逃げるのがめんどくさい、といってうちで寝ていたよ」

おらあ悪党だすけ、
おらあ悪党だすけ、

祖父のはたらいた悪事とはなんだったのか
わたしも胸苦しくつぶやく

おらあ悪党だすけ、
おらあ悪党だすけ、
地獄の閻魔様にも嫌われて、生きのびる


自由詩 おらあ悪党だすけ、 Copyright 渦巻二三五 2007-02-26 13:16:07
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