(ある雨の日に)
草野春心

  ある雨の日に
  ある雨の町を歩き
  ある雨の音を聞きながら
  ある雨の匂いを嗅いだ



  吉祥寺のサンロードとか言ったっけ
  あったのは映像と音声それと自分だけで
  天使は居なかった
  ほっとしたような拍子抜けのような
  とりあえずの了解のなかを歩いた



  水を吸いすぎた絵筆で
  画用紙に自分を描いていた
  輪郭は内部にうもれ
  内部は……僕の中の空洞に……
  沈んでしまって……



  理性と感情がごった煮された気分で
  歩くことと記憶することは同じだと考えた
  そして……この雨はなんだろう……と
  見えていることと見ていることは違うから
  いつになっても他人は透明人間だ……しかしこの雨は
  この雨だけはこの雨のまま
  ……これは僕の気まぐれだろうか?



  見えないものは仕方ない



  僕は町を劇場に見立てる。
  無数の、しかしたった一つのスクリプトが反復される。

〈ボクタチミンナニンゲンダ
 ボクタチミンナベツベツノ
 シャツト ゴハント イエヲモチ
 ジュウニントイロノ コイヲスル〉




  超えられているからだ
  雨がこんなにも新しくいられるのは
  風に飛ばされ花に吸いとられ
  ヒトに用いられるからだ
  だが誰もヒトを超えようとしない
  と思うから
  ヒトは降らず……止まず
  せき止められず
  直立二足歩行という尊大な発明をする



  それでいて……自分は……
  自分でしかないと思う……ヒトなどではなく
  ……自分でしか……そして石鹸の匂いのする手で
  安全バサミを握り……切り取ったのだ
  世界から……自らを
  それが自分……



  メタファーのための雨が止んでしまって
  すべてが数字になる……0と1の
  ぼくは011100110011001101……
  雨粒は……H2Oは……
  (宇宙は0?)



  そしてあらゆる現実が
  僕の元へ帰って来る
  けたたましい自動車の排気音と
  誰かの高笑いが聴こえた



自由詩 (ある雨の日に) Copyright 草野春心 2007-02-17 09:26:05
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