きみをくん
umineko

 そんなんいやや
 入れ代わり立ち代わり
 きみの説得に訪れる
 大人たちの嘆きをよそに

 そんなんいやや
 そりゃそうだろう
 もうサッカーは出来なくなる
 自転車だって駄目だろう
 なにより
 校庭を無尽に駆け回る
 それが
 特権ではなかったか

 でも
 きみの足は もう

 白衣を翻し
 立ち去る靴音に
 深々と頭を下げる母親
 申し訳ありません
 明日には
 ええ
 かならず
 やはり
 ショックなんだと思います
 でも
 そうするしかないのなら
 そうするしかないのだったら

 きみを くん?
 喧噪の去った夕暮れの病室
 うっすらとドアを開けると
 きみは
 夕陽に照らされて
 いや
 夕陽を睨みかえして
 やけに大人びてたたずんでいる

 私は
 白衣のえりを直して
 どお?って
 ちょっとおどけて
 ちょっと明るく
 だけど
 たぶん私のこころは
 たっぷりと読まれているので
 まあそれもいいかなって

 どおする気?
 わかってんでしょほんとは?
 そう言いながら
 私にはわからない

 失うことがどういうことなのか

 心のケアとか
 術後の安定とか
 思春期の相対心理とか
 ことばにできるのはたぶん
 わかることを放棄した
 大人たちの仕業

 結局
 きみをくんは尋ねなかった
 私の
 一番恐れていた言葉
 おねえさんならどうしますか?
 たぶん私は答えるだろう
 もっともらしい理由
 さっきまで詰所で読んでいた
 雑誌のページをひもとくように

 だけど
 きみをくんは尋ねなかった
 だから私は何も言わない
 何も言わなくていいだろう
 夕陽は
 窓際のポプラを揺らすみたいに
 きみの胸へと

 ゆっくりゆっくり落ちてゆく
    


自由詩 きみをくん Copyright umineko 2004-04-14 06:45:23
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