九龍城砦
和泉蘆花


「あなたはいい人に見られたいのかしら?」
「悪く見られるよりはね」
「どうかしてるわ」
「どうかしてる」
「昨日、九龍城砦に行ったの」
「夢の話?」
「コンクリートの山の上で、煙草を吸っていたわ」
「うん」
「無数の鉄筋があちこちで伸びていて、どれも毛虫みたいにくねくねと曲がって」
「くねくね?」
「それから散歩がてらに建物の中にも入ったの。三階を歩いていると思ったら五階だったり、迷路みたいで面白かった」
「三階は五階?」
「五階は七階よ。建物から建物へ」
「夢から夢へ」
「散歩の途中で煙草が切れてしまったの」
「九龍城に売ってた?」
「売ってた、売ってた」
「へぇ、よかったね」
「助かったーって思ったわ。煙草のない散歩なんて考えられないから」
「夢の続きは?」
「そこでお終いなの」
「それは残念。楽しくなってきたところだったのに」



「あなたはいい人に見られたいのかしら?」
「悪く見られるよりはね」
「どうかしてるわ」
「どうかしてる」
「私ね、昨日すごい夢を見たの」
「どんな夢?」
「それが何もかも思い出せないの」
「九龍城砦に行った。そういうことにでもすれば?」
「何よそれ」
「コンクリートの山の上で、煙草を吸っていた。そういうのってどうかな?」
「悪くないわ」
「相変わらず、君は変な趣味をしている」
「それより、空想の続きは?」
「君は煙草を数本吸った後、建物の中に入るんだ。真っ暗な入り口へ吸い込まれるように」
「怖そうだけど、私そういうのって好きだな」
「剥き出しにされた電線や設備管が天井を這っている。黴臭い匂いに緊張する。壁から電球が突き出るようにしてある。そしてその怪しげな明かりを頼りに足を進める。投げ出された生活具を避けながら君は廊下を歩く。中途半端な長さの紅い絨毯。意味不明の落書き」
「面白いわね」
「君は建物から建物へと飛び移る。三階を歩いていたと思ったら、次の建物では五階だったりする。まるで迷路の中にいるようだ」
「三階が五階ってどういうこと?」
「五階は七階という意味だ。隣接した建物が廊下だけでつながっているんだ」
「夢紬ね?」
「話を続けていい?」
「ちょっと待って。私、煙草が切れちゃった。買ってくるわ」
「九龍城へ?」
「コンビニよ。煙草がないと私、駄目なの」
「話しの続きは?」
「また、後で聞くわ」
「それは残念。楽しくなってきたところだったのに」


自由詩 九龍城砦 Copyright 和泉蘆花 2007-02-09 13:42:03
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