あいなきせかい
大覚アキラ

はじまりは
とても単純なことだった
猿に似た生き物が
仲間の餌を奪おうとして
その喉笛に噛み付いた

立ち上がって歩くことで
両手が自由になったその生き物が
最初にしたことは
足元に落ちていた何かの太い骨で
仲間の頭蓋骨を殴って叩き割ることだった

雷が落ちて朽木が燃え上がり
猿に似たその生き物は
しばらくは炎を恐れて遠巻きに見守っていたが
やがて燃えている枝を拾ってくると
それを振りかざして弱い者を追い回した

すべての知恵は
暴力と密接に結びついていて
猿に似たその生き物は
賢くなればなるほど
容赦なく暴力的になっていった

暴力のための装置が次々に生み出され
恐るべき速さで画期的な進化を遂げていき
どれだけ殺してもどれだけ殺しあっても
なかなか減らないその生き物は
思う存分に暴力を愉しんだ

猿に似た生き物の繁殖力と
彼らが振るう暴力の均衡は
ある時を境にあっけなく崩れ
一夜にしてその数は激減し
あっという間に最後の二匹になった

猿に似た生き物の最後の二匹は
しばらくは力を合わせて生き延びていたが
蓄えてあった餌はどんどん減っていき
やがて最後の一つになってしまった
残された一つの餌に片方が手を伸ばした

終わりも
とても単純なことだった
猿に似たその生き物は
仲間の餌を奪おうとして
その喉笛に噛み付いた


自由詩 あいなきせかい Copyright 大覚アキラ 2007-01-17 12:45:14
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