窓辺の花
服部 剛

定年後 
趣味で油絵を始めた親父が 
キャンバスに向かい 
一枚の絵を描き直している

 さっ さっ 

と音をたてると 
窓辺から
午後の日が射すこの部屋に 
絵具の匂いが満ちてゆく 

何年も前に
遠い雪国へ嫁いだ
長女が描かれたキャンバスは 
次第に黄土色に覆われ 
長女の輪郭は消えてゆく 

( そんな風に 
( 自らが愛情をそそいだ長い日々さえも 
( 人はさりげなく過去に葬り 

日々を気ままに歩もうと 
スケッチブックを抱え
部屋を出た親父は 
今日の日の門を開いて 
海へと歩く 


( 結婚式の日 
( ウェディングドレスを着た娘と腕を組み 
( 新郎が待つ赤い絨毯じゅうたんの上で
( 大きい顔を腕で覆い 
( おいおいと子供のように泣いた 
( あの記念日を忘れた振りで 


絵具の匂いが薄まった部屋に 
再び窓辺から日が射す 

白い机の上に置かれた
小さい植木鉢に咲く 
紅い花は 
緑の葉の両手を広げて唄いはじめ  

傍らの写真立てのなか
七五三のお祝いで紅い着物を着た孫は 
遠い雪国の神社の門前に立ち 
少し年老いた実家のじいじに 
無邪気で小さいピースサインを
今日も届ける 





自由詩 窓辺の花 Copyright 服部 剛 2007-01-12 14:57:21
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