窓辺の花
服部 剛
定年後
趣味で油絵を始めた親父が
キャンバスに向かい
一枚の絵を描き直している
さっ さっ
と音をたてると
窓辺から
午後の日が射すこの部屋に
絵具の匂いが満ちてゆく
何年も前に
遠い雪国へ嫁いだ
長女が描かれたキャンバスは
次第に黄土色に覆われ
長女の輪郭は消えてゆく
( そんな風に
( 自らが愛情をそそいだ長い日々さえも
( 人はさりげなく過去に葬り
日々を気ままに歩もうと
スケッチブックを抱え
部屋を出た親父は
今日の日の門を開いて
海へと歩く
( 結婚式の日
( ウェディングドレスを着た娘と腕を組み
( 新郎が待つ赤い絨毯の上で
( 大きい顔を腕で覆い
( おいおいと子供のように泣いた
( あの記念日を忘れた振りで
絵具の匂いが薄まった部屋に
再び窓辺から日が射す
白い机の上に置かれた
小さい植木鉢に咲く
紅い花は
緑の葉の両手を広げて唄いはじめ
傍らの写真立てのなか
七五三のお祝いで紅い着物を着た孫は
遠い雪国の神社の門前に立ち
少し年老いた実家のじいじに
無邪気で小さいピースサインを
今日も届ける