みかん味の金魚
壺内モモ子

「おじょうさん、金魚すくいをやってみないかい。とれてもとれなくてもサービスするよ」

金魚すくい屋のおじさんに声をかけられた。

「いいえ、うちには水槽がありませんから飼えません」
「そうかい、気が向いたらまたおいで」

今日は神社の縁日だ。わたがし屋さん、りんご飴屋さん、みずあめ屋さん・・・たくさんの露店が並ぶ。いつもは静かな神社もこの日はにぎやかになる。

いろいろ買い物をし終えて帰ろうとしたら、また声をかけられた。
さっきとは違う金魚すくい屋さんだ。
だけど、ふつうの金魚すくい屋さんではない。
みどり色や、むらさき色、もも色をした、カラフルな金魚が水槽の中で泳いでいた。
80歳くらいのひょろひょろとしたおじいさんがお店をやっていた。
おじいさんの後ろでは猫が4匹、ニャーニャー鳴いていた。

「そこの娘さん、金魚はいかが」
「いいえ、うちには水槽がありませんから」
「これは観賞用の金魚じゃない。食べるための金魚だよ」

「この金魚は味つきなんだ。このピンク色の金魚はイチゴ味、この青い金魚はハッカ味なんだよ」

おじいさんは金魚を網ですくって猫に食べさせた。
猫は、金魚をむしゃむしゃと食べ、嬉しそうにニャーニャー鳴いていた。

「ほら、猫たちも美味しいといっている。ぜひ金魚すくいに挑戦したまえ」
「あのこの金魚、私が食べるんですか」
「そうだよ、わしだっていつもデザートに食べているんだ。わしの好物はこのメロン味の金魚なんだ」

おじいさんは緑色の金魚を今度は素手で捕まえて、アロワナのようにぺろりと食べた。

「そうだ、今日は特別にこの、だいだい色の金魚をサービスしよう。どんな味がするかは大体、想像がつくと思うが、食べてからのお楽しみだよ」
「いえ、けっこうです」
「いいからいいから」
「ほんとうにけっこうですから。困ります」
「そう遠慮するなって」

おじいさんはビニール袋に、だいだい色の金魚を一匹入れて、強引に私に持たせた。

「もしこの金魚が気に入ったら、明日もまたやっているからぜひおいで」

私はこの小さなだいだい色の金魚をしぶしぶ持ってかえった。

さてこの金魚をどうしよう。
私には金魚を食べるなんてそんな残酷なことはできない。水槽がないから飼うこともできない。

中村先輩の家の前を通りかかった。

そうだ先輩なら、この金魚を受け取ってくれるはずだ。


ピンポーン


「あれ、どうしたの、梅子ちゃん。もう神社の縁日から帰ってきたの?」
「先輩、これ私の気持ちです」
「え、どうしたのこの金魚。おもしろい色をしているね」
「でしょう、受け取ってください」
「そんないきなり言われても」
「食べられる金魚だそうです。焼くなり煮るなり刺身にするなりお好きなようにどうぞ」
「ちょっと、梅子ちゃん」
「元気に暮らせよ」

先輩に、強引に金魚を渡し、先輩の家のドアを、バタンと勢いよく閉めた。どうせ食べられてしまう金魚に、「元気で暮らせよ」は変だったかもしれない。

夜、私はテレビを見ながらみかんを食べた。
なぜだか生臭かった。
あの、だいだい色の金魚の味がするように感じた。


未詩・独白 みかん味の金魚 Copyright 壺内モモ子 2007-01-12 00:04:15
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