小詩集【レトロな猛毒】side.C
千波 一也





一、レプリカの四月


たとえばそれは食卓のさかな

二度と泳がない姿はあわれです
しかし言葉はあぶくですから
気付かれずに消える、その
あぶくこそが
あわれです

おぼつかない箸使いでは
落としてしまう、
かけがえの
なさ

にぎやかなランプには
よくよく影が
お似合いで


いろとりどりが、春
つまり自由という名の鉄格子です

えらび抜かれた策略だけが
憂いを占めて、
あふれる
春です



たとえばそれは浴室のあかり

窓をもとめる心地よさを
つなぎ忘れて椅子に闇
照らされるほど
おかしな粒が
なじみます

透ける、すき


手にしたものに捕まって
幾度と知れず
ゆめ渡り、

その首を振ってください
縦でもよこでも


疑うことなどいたしません

それより急いで続きますから
疎遠なしらせも、
身近なうそも




二、硝子カクテル


自然ななりゆきに
透きとおるため
染まり尽くして


澄まないかなしみを住み慣れた手に
いかにも軽く鍵は転がり
避けながら、呼ぶ
まばゆい
ひかり


情熱の火をはずかしめた日は
こおりを伝わりよみがえる

あざわらう蝶の紋様が
きらり、と見えたら
淡いよる


おごそかな渦潮は
いろを混ぜて
とけて、
また


よろこびというものを憶えたら
傷つくことに錆びついてゆく


それは酔いだね

たやすく今宵もしなだれて、
アルコールの渇きに
うるおいを
放り


言うまでもなく、
痛むことでなお痛むから
どこまでも行っても檻はある


愛する者の名は硝子に揺れて
割れたとしても響きは美麗


ごくごく自然ななりゆきに
かぼそい指が
のどを、
飲む




三、盛夏のジーニアス


描きかけのキャンバスだから
途方に暮れても
あなたは
素足で


包まれてゆくまでの短さは
あれからずっと
丘のまま

ひたすらに眠りつづけては
そっと不思議を
暮れさせて


涙はいらないか、と
あふれた言葉はしのげない雨

陽光を知りすぎた帽子だけ
ひとりを慣れて
扉に寄り添う



おろかで居たかった
誰の真似でもなく
ただおろかで
居たかった



瞳はいつでも空のなかにあって
温度を生みだすことが
腕のちからで

嘘などはどこにもない夏だった

それを
かばいきれない純真が
燃やしつづけたときの向こう



本音はいつでも変わってしまえるから
ありえないまぼろしには
まだ逢えない


夢のつづきはいつまでも夢
まぎれることなく
瞳をとじれば

まもられて




四、ネオンテトラ


飲み干した香水が
ふくらみ過ぎて
くれないの、
ルージュ


釣り上げられた満月に
寂しく揺れたら
尾ひれは
逃げて

そこから跳ねた、
スコールの
おと



争うばかりのダンスに落ちて
紳士も淑女も
華麗な
戦士

めぐる、フレア

つめたい床には羽飾り
スパンコールで
淡く、とべ



夜を待ちわびて、から
うまれていけない
熱帯雨林

ないものねだりの極楽鳥

夕陽はふわりと、オレンジ
バイバイ


気泡もそこそこ不自由ないろ


スカートを裁つ、
ランプが
水槽


路上の孤独が群れる不思議を
つかまえながら
溺れる、
甘さ




五、忘却のシルク


傷つけられた優しさを疑えなくて


それは
無人の駅をあわれむかたわら
あやまることに落ち着くような

似ているものはゆるせない
冤罪の
かぜ



七月は
どこまでも気がつけない海だった

忘れた記憶を空へとあずけて
いつまでも蘇らない
とわの香りが
八月で

公園の輪郭は滲んでしまった



連れて行くゆび
それとも連れられて行くゆび

わからずにいる背中で時計は
静寂を刻み込む

立ち止まるということは
こんなにも
鋭くて



涙はなにも包まない

包むとすれば
それはかなしい気位の熱


移ろいやすい秋の景色に
たやすく添えたら楽かも知れない
けれど

沈めない行方に誘われ続けて
やわらかな枯渇に
まぼろしを呼ぶ

手慣れた眠りにさすらいながら




六、調律


小指はしずかにうつむいたまま


二度とは
乗せてもらえない背中の
去ろうとはしない
その無言

あいまいな距離のなかで
やさしい言葉が
やわらかに
燃えた

ためらいの数は
唇に映えて



行き止まりには後ろ姿を

あらわれるほど
硝子は薄く
冷たくて

まだ見ていないすべての無色を
嘘があふれる

褪せて震えて頼りなく、鍵

そこは
どこにも遠くない

つながらない


埋もれるものが声ならば
降り積もるものも
這い出るもの



手さぐりで永遠を散る
つかのまの
季節は


失うことが階段だったのかも知れない

ひかりを憶えた鈍痛に
小指はしずかに
うつむいた
まま




七、ウィンター・ガーデン


 灰色を抱きしめて、つぼみ

 破れることを募らせて、
 つばさ


黄昏に
いつも遅れて招待状は
焼けてゆく
夕焼けてゆく

そうして憂いは懐かしさに煙り、


 清らかなけがれが、ゆき

 なにも知らない者だけに、
 そら


満たされない音色をつぶやけば
こころも震えて
ひとつに
消えて


しずく、
こぼれる間際に真冬を聴かせた


 頑なに鎖をむすぶ、はな

 捨て去るたびに降りそそぐ、
 すな


そっと滅びたら
やさしい傾斜のはじまりのとき

誕生は底から、


 不思議を揺れて、かぜ

 実るともなくあこがれて、
 つき


息吹、
氷をわたり氷へむかう

咲き誇ることのうすくれないに




八、ハニー・ステップ


すきなままでいいと思う


しなやかさを
失わないことが蜜だから

あちらこちらを踏みながら
まみれてしまえ
踏まれても


かかとを見せて
忘れたいろで

すぐにもつまずく
つまさきが
すき


指をくわえながら
いつか子どもに
戻っていった

レトロ、

舌がもどかしくて
もうわらうしかないよね


週末はいつもラストシーン
巻き戻して欲しいのに
離れてしまう
おとなの
仮面

そのままでは
猛毒にすくわれてしまうよ

たぶん
そのままではなくても


大きなものから小さくなろう
知らないふりでも育つから

ステップ、ステップ


すきなままでいいと思う

わがままでいいとは
思わないけど










自由詩 小詩集【レトロな猛毒】side.C Copyright 千波 一也 2007-01-11 16:25:15
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