小詩集【擬人絵図】
千波 一也




一、擬人法


かなしむこころではなくて
かなしみという言葉を覚えなさい

よろこぶこころではなくて
よろこびの色彩に詳しくなりなさい

問うことはよそにまかせて
やみくもになぞりなさい


優しさといたわりと子守歌と

そこに上手に落ちつけば
皮膚の温度は恒常です
はなさぬように
はかりなさい


ありがたいものはすり替わり、


俊敏に嗅ぎ分けることです
愚鈍さを

鋭利に聞き分けることです
優劣を

ただし隠して
野性をひそめて


思いやるための思いやりさえ
まぼろしと消す
すべての
すべに


こたえることをまずは預けて
ごまかすことに慣れなさい

それほどかたりはたやすくて
すぐにもかたちはいたむのです

ひとごと世ごとに
むずかしく




二、とらわれの蛇


それは髪ではなかった


すがりつけない言葉でも
寄りかかり続けた、
矛盾

まもるわけでもなかった壁が
ひび割れようとしていることに
わけもなく怯えて


臨月は、皮肉


あまりにも目を避けたから
あこがれて
落ちた、のかも知れない


潔白に、化石



放れるものはたくらみに長けすぎて
泣きたいきもちは
剥がされてゆく

拒んだなにかを埋め合わせるために
いのちを含んでは
さびしがる性

巻きつけた夜の深さを首にともして
毒牙はあてもなく逃げ惑う
みずからを狂わせて


やさしさはかけら、
握りしめている
かけら



歴史の、凝固



いつか髪ではなくなった眼光に
告げる言葉をまだ知らない

すくえなければ
すくわれないから
呪文を、漂流

一途な、
緊縛




三、雪崩


すべてを飲み込む激しい流れは
もはや雪崩と呼べない


かすかな吐息
たよりない足音
あしたをさぐる腕

たとえばそんな営みに
じっと耳を傾ける静寂こそが
雪崩の呼び名に
ふさわしい


待つものごとがあっても無くても
待たれているということだけは
くつがえらない決まりごと


白紙のうえで白線は
はじめからえがかれている

気付かずにすむことがおそろしさ


すべてを押し流す激しい雪崩は
とうの昔にはじまりがある


まばたきの間にうつろうものなど
はかなきいのちのほかにはない

駈けてゆくものには
駈ける姿がみえやすく
駈けない姿を
信じこむ

その失速を
雪崩はたしかに聴いている


終わりはすでに止まらない
はじまりのなかの
はじまりに




四、反旗


掲げられている、
無表情

ときおり
風につられて
わらいもするが
恥じらえもせず恥じらっている


そらへと挙げた小さな拳は
ささいなものほど
守りぬけるのに

もう、
ささいなものすら許さない


傷つかないためには
傷つけること

でもそれは
だれかにとって
やさしい語りになりうるだろうか


吹かれるだけの、
無表情

ときおり
風につられて
うたいもするが
聴かせあぐねて疲れ切っている

孤独とはぐれて
ただよって

歓迎とも
決別とも
取れるかたちで
ただ、風に




五、惑星


この星には喜びが溢れていると
わらう君の目は
泣いている

この星には悲しみが渦巻くと
ささやく君の手は
爽やかだ


満天の星空はきれい

僕に解けない謎なんて
まだまだ幾つも
あるからね


さようならを待っていた
避けていたのは
こんにちは

鏡よ鏡、そこにいるのは誰ですか


近くにあっても届かない
遠くにあっても
たどりつく

そんな気配を鵜呑みにしながら
流れる星につかまった、



形をおぼえることがすでに形で
旅人のうたなんかを
口ずさむ、
僕は

終わらない、
終われない、

ぐるぐる回した地球儀を
ぴたりと
止めた




六、ランダム・リバー


感情をよぶことは
あたりまえにむずかしい


かえされながら
逆らいながら

寄る辺をなくして
ふたつの
川は


フィナーレ、を


響きのために
重ならず

わすれるすべを
置き去りに


こころに染み渡るものは
微笑をたたえて

幾度も繰りかえすことが
すれ違い

おかえりなさいは
いつもある


きらきら光るそれぞれを
いとわないのが
潤いのみず

ときに冷たくもあるけれど
その身も川なら
ひとつの
川なら

はるかに続くしきたりを
あふれて砕け


ひとは背中を離れない
あるいは常に
かえりつく

もっとも深く、
ランダムに










自由詩 小詩集【擬人絵図】 Copyright 千波 一也 2007-01-10 17:12:59
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