家族制度(又は宇宙旅行)
吉田ぐんじょう
☆
そろそろ着陸する
と云うので
五人の宇宙飛行士たちは
めいめい
色鉛筆や携帯電話や文庫本やマニキュアなどをしまい
いやいやながらも手をつないで
着陸に備えた
しかしそれは長続きしない
つながった円は
五分もせずに
ばらばらにこわれてしまう
☆
丸い窓から見える地球を
長女が携帯電話で撮影する
長男は眼鏡を外した
泣き出した末の妹を
母親が困ったように抱く
父親は苦々しげに禁煙パイポをくわえる
この一家がとりわけ不仲なわけではなく
知っての通り
家族なんて大体こんなものである
血縁と云うものは
結束バンドみたいに頼りない
何時だって
不意に
アイネ・クライネ・ナハトムジークが響き渡り
長女が彼氏と電話を始めた
これは長くなりそうだ
長男がため息をつく
☆
着陸するのは火星である
☆
末の妹が泣き止まないので
たまりかねた父親が手を上げる
母親は父親を非難する
長男はそんな二人を軽蔑する
そして早く自立したいと呟く
長女は愛を囁き続けている
アモーレ
アモーレ
アモーレ
ベイビー
とかなんとか
☆
それでも宇宙船は着陸する
どうしようもなく
五人を閉じ込めて
だんだん酸素は無くなってゆく
共存するのは辛い
ただ辛い
アモーレ
☆
家族たちは
ひとまず火星に踏み出すが
もうとっくにばらばらになっていることを
実はみんなが知っていた
末の妹でさえも
真っ暗な宇宙空間の
遥か向こうに
大昔に打ち上げられた
犬の死骸が
永遠に回り続けている
☆
父親は四人から遠く離れた地点で
環境が変わっても
事態は急変しないことを
必死で解ろうとしていた
☆
火星上に立ち尽くす五人は
まるでちっぽけな
子供のように見えた
そして屹立するロケットは
家の形に少し似ていた
☆