家族制度(又は宇宙旅行)
吉田ぐんじょう




そろそろ着陸する
と云うので
五人の宇宙飛行士たちは
めいめい
色鉛筆や携帯電話や文庫本やマニキュアなどをしまい
いやいやながらも手をつないで
着陸に備えた

しかしそれは長続きしない
つながった円は
五分もせずに
ばらばらにこわれてしまう



丸い窓から見える地球を
長女が携帯電話で撮影する
長男は眼鏡を外した
泣き出した末の妹を
母親が困ったように抱く
父親は苦々しげに禁煙パイポをくわえる
この一家がとりわけ不仲なわけではなく
知っての通り
家族なんて大体こんなものである
血縁と云うものは
結束バンドみたいに頼りない
何時だって

不意に
アイネ・クライネ・ナハトムジークが響き渡り
長女が彼氏と電話を始めた
これは長くなりそうだ
長男がため息をつく



着陸するのは火星である



末の妹が泣き止まないので
たまりかねた父親が手を上げる
母親は父親を非難する

長男はそんな二人を軽蔑する
そして早く自立したいと呟く
長女は愛を囁き続けている
アモーレ
アモーレ
アモーレ
ベイビー
とかなんとか



それでも宇宙船は着陸する
どうしようもなく
五人を閉じ込めて
だんだん酸素は無くなってゆく
共存するのは辛い
ただ辛い
アモーレ



家族たちは
ひとまず火星に踏み出すが
もうとっくにばらばらになっていることを
実はみんなが知っていた
末の妹でさえも

真っ暗な宇宙空間の
遥か向こうに
大昔に打ち上げられた
犬の死骸が
永遠に回り続けている



父親は四人から遠く離れた地点で
環境が変わっても
事態は急変しないことを
必死で解ろうとしていた



火星上に立ち尽くす五人は
まるでちっぽけな
子供のように見えた

そして屹立するロケットは
家の形に少し似ていた



自由詩 家族制度(又は宇宙旅行) Copyright 吉田ぐんじょう 2007-01-09 18:05:35
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