小さな視点(詩評)/アラガイs
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 鵜飼千代子 
- 深水遊脚 
狭めるのではなく広げる。
独り占めにするのではなくシェアする。
そうありたいですが難しいです。
- こひもともひこ 
- 栗山透 
- たま 
アラガイさんの視点は優しいと思います。それは飾りがないからです。絵や写真は実在の風景を肉眼で見た感動を伝えることは物理的に無理があります。そこでセザンヌの絵があるわけですが、写真も同じようにその感動を翻訳した写真でなければなりません。
読み手としてのアラガイさんはとても実直なひとで、例えば、ふたつ上に投稿されているchioeさんや、ふたつ下の栗山透さんへのコメントを拝見すると、私も同感なのですが、それをコメントするのはとても難しいことです。
あえてそのコメントを提示するところにアラガイさんの優しさがあり、その視点は確かな詩を見る眼だと思います。とても公平なのです。



---2013/09/09 10:27追記---
- 吉岡ペペロ 
 
作者より:
※推敲改訂いたしました 。

鵜飼千代子 さん お読み頂きありがとうございます。 ごめんなさいね、読み直せば言葉が足りなかった様です。付け加えました 。


深水遊脚 さん 。難しい。確かに難しい。詩は書く意識さえあれば誰にでも書ける 。その単純であるが故に限りなく難しいのでしょうね 。だからこそ手放せない 。 お読み頂きコメントをありがとうございます。



※多少付け加え修正致しました 。



こひもともひこ さん
栗山 透 さん
お二人方 お読み頂きありがとうございます。



たま さん コメントありがとうございます。
高い知能をもった動物(サルやゴリラ・・)たちにも美しいと感じる感覚は備わっているようです 。個別的にも感覚の違いはきっとある。どんな風に感じているのか、ことばでは伝わりませんが、脳の研究がもっと進めば詳しく解明されるのではないでしょうか。

けっして詭弁ではなく、わたしどもは取るに足らない饒舌家なだけでしょう(笑)ついつい言いたくなって、それを抑えきれない 。そのくせいまだに他人から受けとるやさしさへの欺瞞が払拭できません。できるだけ他人から避けようと逃げています。いい年をしたわたし自身が中二病のようなものですから 。ただどうしてもひとつの理念が媚りついて離れないのは確かです。それは西郷隆盛が見捨て切れなかった同士への熱い思い。画家の藤田嗣治が戦争画家として参加せざるを得なかった無念な胸中。(まるで明治生まれの人間みたいだな笑って)それを果たして優しさと言えるのかどうかはわかりません。お優しいコメントをこちらこそありがとうございます。



黒サビラジオ さん お読み頂きありがとうございます。





※少し修正いたしました。




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