梅雨時のブルース/黒髪
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- アラガイs 
素直な表現である。
しかし、梅雨時のブルースと読んでも聴いてもわたしには気持ちわるいのである 。それはブルースという文字化に対してわたしの固定観念がそうさせる 。ブルースと表現されたのはご存じのとおりアメリカである 。
梅雨時と聞いて連想される国に、広大な中西部のあるアメリカを思い浮かべる人は少ないだろう 。
このミスマッチが非常に活かされる場合もある 。 我々が日常を意識するなかで瞬間にその領域を飛び超えるのだ 。こう言えはもうおわかりだろう 。
努力を惜しまない黒髪さんはモノを読み解こうとするお方だと思う。過去を振り返ればご自身の歩みも階下に眺められることでしょう。
これはわたし自身にも言えることですが、わたしがあなたにひとつ捧げるとしたら、初階に戻ってみるのも新しい芽吹きの糧はあるのではということ。つまり矛盾を承知で例えるならば、意識して下手くそになるのです 。その意識を培うことだと 。




- 殿上 童 
 
作者より:
アラガイさん ミスマッチは、感じていたのですが、むしろそのほうがいいという無根拠な新天地開拓精神により、このようになりました。意識してヘタクソになるということは、考えたことがなかったです。自らを振り返って、ヘタクソを表現してみます。
殿上 童さん ありがとうございます。

戻る Home
コメント更新ログ