NU→DE/深水遊脚
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- アラガイs 
形而上学的に解説しておられますね 。
先日美術館で見た亡き彫刻家佐藤守良の作品。素っ裸で深々と目が隠れるほどに帽子を被り腰かけている女性の像には、まるで一点だけを彷徨い思考するかのような迫力のある緊張感を感じて、わたしは彫刻のまわりにある空間の存在を認識させられ時間が止まってしまいました 。みつめられているな 。そんな気がしたのです 。




- 殿上 童 
- 乾 加津也 
NU→DEを通して、社会と思想を楽しめました
- 吉澤 未来 
- 直方体オレンジ 
- 元親 ミッド 
- まーつん 
とてもすべての意味はくみ取れませんが…幾つか印象的な部分がありました。
自分の素の姿をさらすこと、あるいは誰かの素の姿を捕えること、そのむずかしさを言っているのかなと。
裸を売り物にした途端、それは魂の抜けたものになる、というようなことも考えました。
詩作の上でも、素の自分を捕まえるのは確かに難しいです。それを見つめる怖さというのもあるとは思いますが。
詩作は、陳腐な表現ですが、瞑想を思わせるところがあります。五感を離れた暗闇の中に立った時、本当の裸の自分に出合えるのかもしれない、という気もします。
本作の中の、握手についての記述と、憎しみに値したいという言葉も、とても響いてきました。
- りゅうのあくび 
- るるりら 
ポイント いれたと 勘違いしてたみたいです。
- ゴースト(無月野青馬) 
 
作者より:
暴くつもりが暴かれる
それは普通のことだから怯まずに

新貝 常 さま
ポイント、コメントありがとうございます。
私がこれを書くとこのようになってしまうようです。彫刻の紹介、ありがとうございます。魂の宿る裸の表現、感じてみたいです。

乾 加津也 さま
ポイント、コメントありがとうございます。
剥き出しの魂が、思想の、社会の真髄なのかもしれません。方角は定まったものの、肉薄するにはまだ言葉が必要です。きっと。

まーつん さま
ポイント、コメントありがとうございます。
素の姿というものが安全なものではなく、思い通りにできるものではない。そんな思いもこの詩に込めています。だからこそ素に近付いた、一段階でも二段階でも掘り下げたレベルで通じあえる関係は貴いのでしょう。

るるりら さま
ポイント、コメントありがとうございます。
この詩を気にかけて下さったこと、嬉しいです。深く知ることに危険は伴うけれど、深く知ることなしに、こちらも言葉を発することはできない。そんな気持ちでずっとここでやってきた気がします。

殿上 童 さま
吉澤 未来 さま
片根伊六 さま
ミッド さま
竜野息吹 さま
無月野 青馬 さま
ポイントありがとうございます。

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