働かざる者食うべからず mixi日記より/前田ふむふむ
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 真山義一郎 
-  
- そらの珊瑚 
働かざる者食うべからず。あんまり深く考えたことのない言葉でしたが、どことなく上から目線が感じられて好きじゃなかったかもしれません。背景に国民が働かなかくなったら国は困るってありそうですね。
思想、イデオロギーの側面は偏狭で、人を幸せにするために生まれたものであっても、結果はまったくそうでないということが多かったのではないでしょうか。
そもそも声高に正しそうなことを叫ぶって危険な香りがします。
多田富雄さんが「寛容な世界の実現を望む」と何かに書かれておられたことを。この散文を読ませていただき、思い出しました。
---2014/10/08 16:25追記---
以下の方がポイントなしでコメントを寄せています。
- るか
イデオロギー批判というイデオロギーに幻滅し、イデオロギーの可能性を問う立場もありえますよね。
---2011/07/22 03:31追記---
念のため申し添えますと、事実として、キリスト教団体や日本共産党は、働くことができない障害者や職を失った人々の生活を支援する各種の活動を歴史的に行ってきているのであって、引用のパウローレーニンの文言の解釈も、こうした事実に照らして行われて然るべきかと。そして政治に参画するとは、政治の駒になること以外ではありえません。駒でいいのです。多数の駒が一致して計画的に活動するのが政治ですから。駒の指し手もまた、一つの駒に過ぎない。一方で反イデオロギーのイデオロジストは、その言説の流行から半世紀にもなんなんとするかと思いますが、どんな活動をリアルになさっているものか、私にはよく見えません。
それから、こうした二元論が罷り通ったら世の中が大変なことになる、という記述が気になっています。働かないものが食うべきだ、という理屈が罷り通るほど大変なことには、なる訳がありませんね。キリスト教は本質的には一元論であろうことは置くとしても。マルクス主義も基本は一元論かと思います。
それから、キリストもパウロも自由をこそ強調しましたね。勿論、マルクスが目指したものも、本当の自由が実現する社会であるものと理解しています。
---2011/07/22 03:54追記--

---2011/07/22 08:55追記---
 
作者より:
そらの珊瑚さん、
寛容な社会っていうのが、一番いいですね。^^

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