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ゆっくりと列車が動きだした
この列車に乗るのはこれ1回限り
明確に行く先は知らないけれど
到着駅が近づいたときに
列車は分岐器で方向を変え
そのときにどの駅が到着駅かが
推測で ....
歩け!走れ!動け!
人類が計量できない程の
夥しい血を流して
辿り着いた国家体制は
独裁主義・共産主義・社会主義・資本主義の
僅か四つしかない
しかし独裁主義はまず長続きはせず
共産主義が滅びる様を見 ....
生あるものすべてに
訪れる【死】
それは公平であるかの様に想える
だが去し方は
安楽もあり
突然もあり
残酷もあり
凄惨もあり
その【死】は
ひとそれぞれ
故に【死】は不公 ....
なにも動いていないなかにいる
なにかはび動だにしないようにみせかけても
動いているはずなのに
なにもおとをだしていないなかにいる
静じゃくとはしぜんなどが静かなことで
あるだけで無おんで ....
ぼくは昔 転がる石だった
ぼくを握った手の熱さを
ぼくを投げたその手の強さも
まだ忘れていない
でもいまのぼくはただの石だ
転がった所にただいるだけの
単なる石になってしまった
....
きみはひとの途を
きみはひとの絆を
きみはひとの義を
いつも見下す目線で見ている
だからだろうね
きみはいつも憤懣を抱える
きみはいつも逆鱗を覚える
きみはいつも偽善を責める
....
ひとが声を出さずに
絶叫するときは
そのまま連れ去られるか
逃れられるか分からなくとも
死神にやさしく抱擁されたときだ
やさしく抱擁する死神ほど
凄惨なこの世の別れ ....
ひとは別にペンを持たなくても
そのひとだけの生は小説である
ひとは別に筆を持たなくても
そのひとだけの生は絵画である
それは確かに歳月の流れのなかで
忘れられてゆくものかも知れないけ ....
あなたは少なくとも33年
いやバードとのセッションからとするなら
44年の音楽生活のなかでただの一度として
後ろを振り返られることはなかった
それは凡人であるぼくには
絶対にできないこと ....
ぼくはずっと はっぴい・えんどを好まず
結末の解決を観るひとたちに委ねた
ヨーロッパ映画を多く観てきたけれど
それは斜に構えようとしていた愚かさであり
実は はっぴい・えんどをもっとも求め ....
TVドラマなどでは
まず画面に映されなかった
ブラウン管TV
いまは
薄型液晶TVは牢名主かの様に
ふんぞり返って画面に映される
これは差別だろうと
ブラウン管TVたちは
廃品 ....
オーディオの世界は異性や酒や賭博とは
較べ物にならない程 のめり込めばのめみ込めほど
留まることのない私財を投入してしまう
そのひとたちはオーディオを製品と呼ばず作品と呼ぶ
そう呼ぶひとの ....
ある用事があって久しぶりに
母校の大学の図書館を訪れた帰り坂
どこかから何かを燻らしている様な
芳しいとも苦っぽいとも想える
懐かしいような想い出したくない様な
薫りが否応もなくぼく ....
確かに歳はとったよ
正直に言うなら老いたのかも知れない
からだは正直に歳月を投影する
そりゃ60年も酷使してきたんだ
無理をすれば音も挙げる
死にかけたことだってある
でもぼくの精 ....
もっと眼(まなこ)は開けておけ
正義が見えなくなる
しかしよく眼を開けたままでも
本当の正義が見えることはほとんどない
それはいつも虫けらのようにひとを
殺すためにでっち上げた贋物の ....
運命って残酷だよな
俺のダチは雨上がりに
バイクに乗っててさ
高速の小さな水溜まりに
スリップしてバイクはフェンスに
激突してダチは投げ出されて
下の道路に飛ばされて
丁度来たトラッ ....
文字と螺子は関係ありそうで
まったく関係がない
見栄と知恵は関係ありそうで
少しは関係がある
家事と火事は関係ありそうで
かなり関係がある
詩と死は関係ありそうで
大きな関係 ....
希望と呼ばれるものに
過剰な期待をしてはならない
希望だってぼくら以上に忙しいんだ
あちらに希望を失いそうなひとがいれば
どれだけの遠い距離であっても希望は駆けつけ
そのひとに寄り添 ....
もしもだよ いいかいもしもの話だ
きみの読んでいる新聞も時々きみが観るTVも
全部がきみのために創られているとしたら
きみはどう想う
またきみが通っている病院も
そこの医師も看護師さんも ....
10代
ぼくはとても淋しかった
20代
ぼくは燃え上がっていた
30代
ぼくは舞い上がっていた
40代
ぼくは打ち拉がれていた
50代
ぼくはなにもかも失った
60代
ぼくに ....
きみは暫々それは知ってると言う
きみは暫々これは知ってると言う
きみが博識だということを
ぼくは否定する気はない
でもきみが饒舌に語る話を聞いていると
何か絵画のない額縁だけを聞いて ....
ある日からぼくは命が呟くのを
耳ではなく心で直接聴ける様になった
命は言う ぼくが挫けるときに
誰だっても転けも挫けもするが
まだまだ俺もお前も大丈夫だからなと
命は言う ぼくが愚か ....
何故ひとはひとを殺してはならないのか
これは人類に対する未だに未解決の問い
ある学者はこう言った
『殺人は誰も幸せにしない』
これは解答でないと想うけれど
解答に辿り着くまでのひとつ ....
暫々 努力を称える名言として
エジソンの残した
天才とは1%の閃きと
99%の努力だとの言葉が
引用されるけれど
それをぼくなりに解釈すると
99%の努力をしても
1%の閃きがな ....
ぼくは競馬をギャンブルだと言う奴を
どんな非難を浴びせられても大嫌いだ
競馬馬が背負っているのは騎手じゃない
彼らが乗せているのは
多くのひとたちの夢や希望や人生の投影なんだ
その馬 ....
サラブレッドはサラブレッドとして
生まれてきた訣ではない
イギリス人がアラブ馬と狩猟用のハンター馬などを
競馬で勝利することだけを目的として創られた
最高の芸術品として呼ばれることも知って ....
嬰とは本位音より
半音を上げること
ショパンはもっとも多く
嬰を好んだ作曲家だった
でもショパンを聴きながら
ぼくはふっと想ってしまう
ぼくは生き方に嬰をつけて
日々を送って ....
ある日ふっと気づいた
言わなくなった言葉がある
忘れてしまった言葉がある
『おはよう』
『いってきます』
『ただいま』
『いただきます』
『ごちそうさま』
『おやすみなさい』
....
Mr.Don Henlyは《THE END OF INNOCENCE》の楽曲で
『ぼくらはお伽話に毒され続けて来た』と歌ったけれど
でもいまぼくらは自分のこども達に
語ったやれるお伽話はある ....
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