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今日出逢う
目の前で{ルビ俯=うつむ}くの老婆の手を
わたしは両手でつつみ、
握るだろう。
この世界の何処かで泣いている人よ
暗闇から差し出される
この手が、君に見えるか
....
プレハブの
休憩室の入り口に
日中の仕事で汚れた作業着が
洗ってハンガーにかけてある
ドアの上から照らす電球の
茶色いひかりにそめられて
干されたまま
夜風にゆられる作 ....
長い間
独りの囚人は
牢獄の
冷たい石の床上で
両腕を垂らし
立ち尽くしていた
弱い我が身を守ろうと
幾人もの人を
闇の底へ
蹴落として来た
背後の窓から ....
開いた股の上で
上下する{ルビ顎=あご}
薫る黒髪の間から見上げる
{ルビ女猫=めねこ}の瞳
( にくが、唇に、すわれてゆく
天井に
重なるふたりの影
仰向けに横 ....
母親が子どもを抱いて
遠くから走って来る車が横切る前に
駆け足で道路をわたった
「向こう岸」の広場に辿り着き
母の手からそっと地上に降ろされた子どもは
嬉しそうに両手をひろげて ....
うたた寝をしていた
週末の終電を降りると
駐輪場に一台
自転車は倒されていた
それを黙って立て直し
冷えたサドルに{ルビ跨=またが}って
軋んだペダルを今日も漕ぐ
人 ....
雨の降る夜の路地裏を
酔っ払いの男は一人
鼻歌交じりに
傘も差さずに歩く
涙色の音符を背後に振り撒いて
雨は降り続き
路上に散らばった音符は濡れて
よろけた男の後ろ姿は ....
自転車に乗って
歩道に沿った白線の上を走っていた
アスファルトの割れ目から生える
しなやかな草々をよけながら
背後から
{ルビ巨=おお}きいトラックのクラクションが聞こえ
....
机の上に三冊の本を並べる。
一冊目を開くとそこは、
林の中の結核療養所。
若いふたりは窓辺に佇み、
夜闇に舞う粉雪をみつめていた。
二冊目の本を開くとそこは、
森の中のらい ....